好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

藤井太洋『オーグメンテッド・スカイ』を読みました

ITエンジニアが主人公ではない藤井太洋の小説を、初めて読んだかもしれない。

小説の舞台は、鹿児島県立南郷高等学校。この学校の理数科は全国から優秀な若者が集まってくるところで、中でも遠方から入学した生徒たちは、高校の敷地内の男子寮、蒼空寮で暮らすことになる。この小説は、少年たちが共同生活を送るなかで衝突したり、他校の学生と交流したりしながら成長していく物語である。

……という青春ものではあるのですが、2023年に刊行された小説なので、彼らが高校生活の中の大きなイベントとして取り組むのは「VR甲子園」あるいはそのワールド版の「ビヨンドチャレンジ」なのである。
いかにもありそうなイベントなので思わずググったのですが、まだ存在はしていなかった。ありそうなのになぁ。イメージ的には高専ロボコンを思い浮かべながら読んでいました。たぶんあんな感じだ。

主人公は平凡な成績の寮生だけど、人望から寮長に抜擢されることになる。集団生活を維持するため、寮では体育会系の悪しき習慣がまかり通っていたりするのだけど、彼らはそれを少しずつ変えていくことにも挑戦する。うーん、青春小説だ。VRとかSDGsとか、小道具はちゃんと令和なのが面白い。


好きだったポイントはいくつかあるんですが、一番は日本国内で開催されている高校生向けVR技術コンテスト「VR甲子園」に賞金がないことの批判。

VR甲子園、勉強になりますよ」
「賞金ぐらい出せよ、と思わない?」(P.48)

賞金ぐらい出せよ、と思っているのは中国からの留学生。こういうところがとっても藤井太洋で最高でした。視座を高く持てというのは簡単だけど、それってつまりどういうことかというと、こういうことなんだと思う。感覚的なところからもう違うんだろな、と思わせてくる。
私は「賞金くらい出せよ」とは思わない学生時代を送っていたけど、そもそもそんなこと思っちゃいけないと思っていたな、と今だから思う。でもそれは思っていいことだし、思った方が世界は広がると思うので、今現役の学生さんは「賞金ぐらいだせよ」って思える精神を養ってくれたらなぁと思います。そして大事なのは、そのゲットした賞金を何に使うかです。金の使い方を学ぶには、手元に軍資金がないとね。


あと主人公たちが寮や社会の悪しき習慣に立ち向かおうとする場面はやっぱり気分が盛り上がるのですが、「こんなときどうする」みたいな事例としても扱えるのが良かった。例えば「それはダメなのでは」という言動を、身内がした時の反応とか。

マモルは宏一を睨んだ。
「そういう言い方、やめろよ」
反論しようとした宏一は、マモルの強い視線に気圧されたように頷いた。
「わかった」(P.163)

この場面はここで終わるんですが、彼らはこの前も後も仲の良い友人として描かれている。たった一度の「やめろよ」でやめるほど世の中の人がみんな出来た人間ではないだろうし、やめない人もいるんだろうけど、「この人はこういうことを言ったりしたりすると不快に思うんだ」という共通認識を作ることは大事なことだなと思う。
いや言いにくいんですよ! ほんとに! 日頃いい雰囲気で話ができている相手に、悪意のない無邪気なハラスメントを見せられて、それが自分に対するものではないものだったときに、咄嗟にちゃんと怒れること自体が素晴らしいんですよ。だからマモル君は寮長やってるわけなんだけど。なかなかできなくて、またできなかった……と落ち込む日々を送っているので、マモル君のまっすぐさがすこし眩しかったです。見習わねばならぬ。

しかしマモル君、なんであんなにいい子なのかがちょっとよくわからなかった。なにか彼がこんな風に育つバックボーンがあったのだろうか。
青春小説のセオリーとしては主人公であるマモル君がどこかで間違える経験をすると思っていたんですが、彼、間違えないんですよね。いくつか壁にはぶち当たるんだけど、決定的な間違いはしないで正しい道を取る。高校生なんだから、もうちょっと間違えてもいいのではないかと老婆心ながら思ってしまう。
ちなみに盛大に間違えた経験を持つカナタくんが私のお気に入りで、いいぞいいぞ!と思って読んでいました。あの子は大物になる。


VRテーマなのでそれ関連の技術がいろいろ出てくるのが面白くて、VRゴーグルをもっと使いこなしたい気持ちにもなりました。一応持ってるんですが、重くて疲れるので最近は全然かぶっていないのだ。充電しておくか……。
学生が主人公の小説を久しぶりに読んだので、スクールライフがちょっと懐かしくもなった。学校好きじゃなかったので戻りたくはないけれど、一日まるごと勉強に使えるって、贅沢な暮らしだったなぁ。もっとたくさん知識を吸収して、さらに世界を拡張しよう。

あと装丁がシンプルでありながら内容をよく表していて、素晴らしかったです。装丁は中川真吾さん。