本屋に置かれているのを見て、『ミクロコスミ』の人だなと気づいて、ぱらっとめくって、はい絶対好き!ってなったので買いました。版元が共和国なのでどこの本屋にでもあるわけじゃないとは思うんですが、私は青山ブックセンターにて購入。今年のベストになる勢いでめちゃくちゃ素晴らしかったので感想を書きます。なるべくたくさんの人に読まれてほしい本です!!
全5篇の短編が収められていて、そのうち4作はイタリアのトリエステに住む人の話です。トリエステってどのあたりだったかと地図で探したら、北部の最東の、もうほぼスロベニアってところでした。西側が海に面していて、作中でも海の描写がある。
一作目「管理人」はバスから降りた老人がどこかに向かって歩きながら過去を回顧する話。モラヴィアからトリエステにやってきたこと、今は亡き妻のこと、売却した会社の新しいオーナーがいけ好かないこと――。どこへ向かっているのかは作品内でちゃんと明かされますのでご安心ください。この本の中で一番好きな作品。
二作目「音楽のレッスン」は音楽院での教え子だった新進気鋭の若き音楽家を訪ねるユダヤ人の老マエストロの話。トリエステは一時ユダヤ人に友好的だったけれど、第二次世界大戦がはじまると掌を返すように弾圧をしたという歴史的背景があるようです。短いけれどこれぞ小説というくらいに完成度が高くて、かなり好きでした。
三作目「クレムスの曲がりくねる時間」はなんの接点もなかったはずの高校時代の憧れの女性が、自分と仲が良かったと信じ切っている現実に困惑する男性の話。時間とは何なのか、因果は逆になることもあるのか、でなければこんな現実に説明がつかない――。正直ちょっと難しかったので、もう一度くらい読み返したい。
四作目「文学賞」は文学新人賞パーティで特別ゲストとして呼ばれた老文学者が主催者の資産家の追従(しかし彼は本当に老文学者を尊敬しているらしい)に辟易する話。この本の中では一番コミカルで、しかしちょっとしんみりする読後感。ラストが良い。文学者による老文学者ものは一つのジャンルですね。
五作目「ロザンドラ渓谷――外・日中」は映画の時代考証係として撮影現場に呼ばれた老人が過去を振り返る話。映画は彼の友人が書いた作品をもとにしており、彼自身も映画に登場する――若かりし彼を演じる若い俳優によって。目の前の情景と過去の記憶が交差して描かれ、自分の回想に対して「そうだ」「違う」などと言いながら自分の思考を検分しているところが好き。
いずれも年配の男性が主人公で、著者のなんらかの要素を受け継ぐ設定を持っている。ちなみに著者はドイツ文学の研究者でもあり、トリエステ出身である。
とにかく読者への情報の差し出し方がめちゃくちゃうまくて惚れ惚れする。少なすぎず、多すぎず、実に心地よい。マグリスの文章の心地よさはこのいい塩梅の情報量にあるといっていいだろう。そして文章が美しいのは訳者である二宮大輔さんの力量でもある。
試しに「管理人」の冒頭を読んでみてください。
ためらいつつ、アスファルトの地面に片足がつくまで手すりにつかまって、バスから降りた。もたつきながらも、つややかなその金属棒を少しのあいだにぎっていたが、扉が閉まるぎりぎりのところで手を離した。何人ものじっとりと汗ばんだ手のひらに触られて温まってしまう前の、金属棒の冷たさが心地よかった。そのために、つまり、ひんやりとした感触を数秒長く楽しむためにゆっくりバスを降りたわけで、決して降りるのに苦労するようになったからではない。(「管理人」P.11)
このユーモアと文章の美しさ! 上品に、しかし嫌味ではなく、老人がどんな人なのかを読者に刷り込む。この後彼は息子夫婦が彼を追いかけてくるのでは、と考えるので、何かやましいことがあるのだな、と読者は思う。そしてこの後、描写が進むにつれて老人がどのような人物なのかが次第にわかっていく。その過程がなんともうまい。
特にすごかったのが「音楽のレッスン」です。正統派ユダヤ教徒を父に持つ老マエストロは、虐殺の時代を生き抜くために各地を転々とした。そしてようやく戦争が終わり、子供時代を過ごしたトリエステに戻った後、この感情を表すための音楽を作ろうとした、けれどうまく形にならなかった。そんな自分の半生を思い返しながら元教え子の邸宅を訪ねると、老マエストロが長年ヴァイオリンの演奏を教えてきたその元教え子が、作曲をしてみましたと言って楽譜の束を差し出すのだ。
「読んだ後に、ご意見か、アドバイスをいただきたいのですが……」。ザルマンは読みかけの音符でいっぱいの目で顔を上げた。一瞬だけヴィラルディと視線が交差する。その目が語らんとしていることを相手に読み取られる前に目を逸らそうとしたが、彼のまなざしを隠し、重たい瞼の下にしまい込もうと大脳皮質が発した不確かで矛盾だらけの命令の到達が、あまりにも遅すぎた。(「音楽のレッスン」P.45)
このとき老マエストロが隠しきれなかった彼の感情は、作品で明確には語られていない。だからこそ、この作品が光るのだ。言葉は暴力でもあるので、ひとつ名前をつけてしまうと他のすべては零れ落ちてしまう。諦め? 嫉妬? 人間の感情はそんな単語だけで語れるものではない。言いようのない何かに名前をつけることで腑に落ちることもあれば、直接的な言葉にしないまま、情景の描写でその感情を再現することもできる。例えば「音楽のレッスン」のような形で。明確に言葉にしないことが、一番雄弁なこともあるのだ。
これらの小説の主人公はみな責任ある立場を経験している年配の男性で、作中では過去を振り返って心を彷徨わせることが多い。
なのでこの本は、特に30代以上の人に刺さると思います。思い出の引き出しの数も増えてきて、何かの折に過去の情景が頭に浮かぶことが増えてきた人。今の自分が過ごしている時間と、頭の中で蘇った過去の時間は並行して流れることが可能だ、ということを体感で知っている人。音楽を聴いたときに、その曲をしょっちゅう聴いていた時代を思い出すことのある人。
でも私がまだその域に達していないから気づけていないだけで、主人公たちと同年代の人が読んだら私が読むよりも味わい深く読めるのかもしれないな。
作家でいうとゼーバルト、リャマサーレス、ロジェ・グルニエあたりお好きな方は楽しめると思います。現在も過去も、史実もフィクションも、うまく織り交ぜてノンジャンルに描くタイプ。
装丁も美しいんですよね。巻末の訳者あとがきも読みごたえたっぷりなので、最後まで楽しめる。とてもよい読書時間でした。マグリスの代表作と言われる『ドナウ ある川の伝記』は新刊では手に入らないらしいので、古本屋を彷徨って探さなくては。その前に『ミクロコスミ』をもう一度読もうかな。













