好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

劉慈欣『三体』を読みました

三体

三体

読みましたー!!話題沸騰の華文SF、このムーブメントに乗りたかったのです。いやぁ、面白かった。
オバマ元大統領が絶賛したとか、ケン・リュウの英訳でヒューゴー賞を獲ったとかの豪華な前フリで、長いこと噂になっていた『三体』、待望の和訳です。日本でもすでに相当売れているようですが、海外SFでハードカバーでここまで売れるってなかなか無さそうだ。しかもちゃんと華文からの訳というのが良いですよね。ありがとうございます。

しかし宣伝文句の一つである「三部作累計2100万部突破」ってどれくらいすごいの?と思ってちょっと調べてみました。
wikiにれば、村上春樹ノルウェイの森』が国内累計発行部数1000万部に達しているとのこと。しかし中国は人口が多いからなぁ。
と思ったら、wikiに世界のベストセラー本をまとめたページがありました。

ベストセラー本の一覧 - Wikipedia

百年の孤独』が3600万部、『グリーン・マイル』が2400万部となっています。だいぶイメージしやすくなってきた。三部作累計でという話ではあるものの、長編のSFで2100万部っていうのは確かにすごそうだ。しかも噂によれば「中国だけで2100万部」らしいんですよね。アメリカ含めたらどれだけなのか!
ちなみに北京の人口が2100万人らしい、おおお…

さてそんな鳴り物入りで刊行された『三体』ですが、そんなに期待値あげて大丈夫か?というのはまったくの杞憂でした。やっぱり売れる本というのは面白いものだ。
文化大革命で父親を失った女性科学者、ナノマテリアル研究者、札付きのはぐれ者刑事などが入り乱れて加速していく小説でした。悪の秘密組織や軍の秘密会議や謎のVRゲームなどが小説を盛り上げる。しかし史強はいいキャラだな!

読んでいて思ったのが、映像的な文章を書く人なんだなということです。汪淼が初めて楊冬を目にした場面やVRゲーム世界の描写など、絵画的というか映像的というか、非常にグラフィックスな印象。ただの情景描写ではなく、場を盛り上げる演出をしているところが、視覚文化世代なんだなという印象を持ちました。陽射しの向きにこだわって、部屋に浮かんだ塵すらも神秘的に見せる方法をテクニックとして知っている監督が撮った映画という感じ。ストーリーでもぐいぐい押していくパワーがあるんだけど、そういう細やかな描写が作品をより面白くしているのだろうなぁ。

そしていろんな要素がぐっと詰め込まれているのも魅力のひとつですよね。現代中国史、エイリアンとのファーストコンタクト、異なる文明世界、物理や数学が生み出す先端技術など。未知へのロマンに満ちているのが良い。「基礎研究」という言葉がこんなに出てくる小説、読んだことないぞ。
高エネルギー物理学はやはり注目の分野だと思うのですが、一方でビッグバン理論について教授から説明を聞いた紅衛兵の少女が恐怖に駆られて「なにもないだと?反動的だ!とてつもなく反動的だ!」と叫んだ気持ちはわからなくもないです。ビッグバンは怖い。どんなことでも研究というのは対象に対してぐぐっと迫っていくものなので、一歩間違えれば狂気に陥ると思いますが、特に次元の壁を間近に感じてアイデンティティの危機に瀕したなら、正気を失うか神にひれ伏すしかなくなる気がします。そこをぐっと踏ん張って研究を進めるのってどんな精神構造なんだろうといつも不思議でならないんですよね…宇宙科学やってる人とか、あの途方もない世界を手探りで進んでいながら正気を保っているという、もうそれだけで尊敬します。私の精神では耐えられる気がしない…。

でもやっぱり一番好きなのは「オペレーティングシステム秦1.0」です。アンソロジー『折りたたみ北京』に収められていた『円』を読んだときから、そのスケールの大きさにゾクゾクしていましたが、実際物語に組み込まれているのを見るとたまんないですね!このスケールの大きさは、中国ですわ…。豊富な人的資源がさすがって感じ。秦の始皇帝を出してくるのがまたいいんですよね。荒唐無稽なようでいて、いやまぁ始皇帝だし、とか思わせてしまうのが中国の強みだ。現代においても多数の秘境を抱える中国。中国の山奥ならイエティがいても驚かないです。うん、だってまぁ、中国だもんね。4000年の歴史は伊達じゃない。

まだシリーズ第一作なのでこれからどうなるのかわからないことがたくさんあるのですが、異星人とのファーストコンタクトの描き方の斬新さが好きです。そうきたか!!まだ明らかになっていない異星人と異世界の詳細も気になるところ。
さらにこれ、装丁がまた格好いいんですよね…装画は富安健一郎さん。普段あまり早川書房のハードカバー買わないのでこれがスタンダードなのかわからないんですが、カバーに防水っぽいしっかりした紙を使っていますね。帯もしっかりしている。しかしこれ、カバー外した表紙も格好いいんでぜひ見てほしい。ちゃんと作品に沿ったデザインになっているの、さすがです。

今度台湾に行ったら、『三体』シリーズ原書を買ってこようかなとすら思うくらいに続きが楽しみです。中国語を第二外国語に選んだのははるか昔ですが、音読ヒアリングはめちゃくちゃ難しかったけど、読解だけならなんとかなるのでは、という浅はかな希望はある、漢字だし。とか言いながら前に台湾で買った華文の本がまだ手付かずですけどね!
続きの日本語訳を2020年に出してくれるそうなので、楽しみにしています。