好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

笹本祐一『妖精作戦』を読みました

現役最古のライトノベル作家笹本祐一。その名を聞いてはいたものの、読んだのは初めてです。
久しぶりにラノベとジャンル分けされる小説を読んだので、チューニングに少し時間がかかりました。ラノベって、文章読むときに脳の中の違う部分を使っている感がある。マンガ読むときとも違うんですよね。ラノベに限らない話ではありますが、うまく波長を合わせれば世界観と言葉の流れに身を任せて楽しめます。

ざっくりとしたストーリーは以下。
夏休み最終日、一日中映画館をハシゴし続けて夜を明かした男子高校生・榊は新宿駅東口改札前の切符売り場でひとりの少女に出会う。小牧ノブと名乗った彼女は、榊が通う高校の女子部への転校生だという。徹夜明けのぼんやりした頭でノブとともに国立の寮へ帰り着いた榊は不真面目な学生生活を再開するが、新学期早々小型ヘリ・ベルジェットレンジャーの墜落を目撃するなど、どうも穏やかでない日々。なんと転校生ノブは超能力者で、超国家の秘密組織にその能力を狙われていたのである…!

ラノベの中でもかなり初期の作品である『妖精作戦』は1984年刊行。JRはまだ国鉄だし携帯電話も存在しない世界です。昭和だ。
ボーイミーツガールものであり、バイクのエンジンや米軍兵器の固有名詞がばんばんでてくるメカニック系でもあり、主人公が寮生活の高校生という学園ものでもあり、月の裏側にある秘密結社の基地に乗り込む冒険ものでもあります。本当に、よく詰め込んであるなあ。しかしヒロイン役のノブの超能力(念力)は未発達なので、超能力で戦うバトル、みたいな場面はほとんどないです。それよりも謎の私立探偵・平沢とともにあらゆる手段で敵組織に誘拐されたノブと榊を追いかけ、あらゆる手段で敵組織から逃げ回る奇想天外さのほうが見もの。サイバトロン基地並みに警備がザルなのはご愛嬌。

最近のラノベを全然読まないので昨今の動向はわからないのですが、すくなくとも昔の学園ものラノベって、かなり自由な生活を謳歌しているんですよね。もっともフィクションだから「ままならぬ現実生活を生きる読者が憧れる理想の学園生活」を体現しているのだと思うのですが、当時の学生(ラノベ読者のターゲット世代)にとって「憧れる生活」というのが、寮生活で仲の良いルームメイトと馬鹿なことしたり、たまには煙草をふかしたりバイクに乗ったり酒を飲んだりするような生活だったのではないか。少なくとも規律正しい生活は憧れではないよな。
たとえば『妖精作戦』の学生生活はこんな感じです。

ふらふら歩いて教室に入ってきた榊が目の前に置いたレポートを見て、沖田が目を皿にした。
「結局間に合った、えらいえらい」
昼休み中の2・Bの教室である。半病人か半死人といった体の榊は、完全にすわっちゃった目でにらむように沖田を見た。
「提出たのむ。オレ寝る」
ふらつきながら沖田の前の自分の席にたどりつき、コンマ何秒もかけずにつっぷして寝息をたてはじめた。
「あやつ二日酔いか?」
沖田の横で後席相手にポーカーをやっている南部がゲームの片手間に訊いた。片目を閉じて榊のレポートをパラパラとやった沖田が愛用のトンボメガネを額にあげた。
「五時間でこれやったらしい。榊は単なる寝不足よ、ネブソク」
「オールナイトにはまってたって話だろ」
南部の真向かいの和田がカードを換えてストップをかけながら言った。
「若い奴だ」
「いかにも榊らしい……っと待て、ストップだと?……なんて奴だ」
南部が二枚換える。
「勝負!」
和田は2から6までのストレートフラッシュ、対する南部はロイヤルストレートくずれのフラッシュ。
「あた……」
「んじゃ、掃除当番まかせたね」( P.14-15)

こういう文章を読んで、ポーカーの役やルールを覚えていくんだよなぁ、懐かしいなぁなんて学生時代を思い出してしまった。小説というのはいつも大人の世界を垣間見せてくれるものでした。むしろ作品中で懇切丁寧に解説されているのは野暮の極み。憧れて追いかけて、さも前から知っていましたよという顔で悪ぶるのがステイタスです。かわいいものじゃないですか。
不健康さに憧れるというか、ダメな生活を愛するというか。法律が厳しくなって煙草や酒の社会的ステイタス地位が下がってくることで、そのあたりへの憧れは低くなっている気もしますが、実際どうなんだろう。最近のラノベ異世界ものが多そうだからなぁ。
少なくとも1980年代半ばに刊行された『妖精作戦』では全共闘の名残も引きずっているように見えるし(新聞部員和田)、主人公がオールナイトで映画という不健康娯楽の末に授業で居眠りしているし、そういうちょっと大人ぶった生活が当時の憧れの一つだったんだろうと思います。

映画も小説も、カッコよさのお手本を見せてくれるものだったなと、すごく懐かしい気持ちになりました。つまり私も大人になったんだな……。