好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

藤井太洋『ビッグデータ・コネクト』を読みました

製造業には池井戸潤がいますが、IT業界には藤井太洋がついている!
本棚に長いこと積んであったのを読みました。読み始めたら面白くてガンガン読み進めました。エンターテインメントだなぁ。

主人公は京都府警サイバー犯罪対策課の警部。そしてコンピュータウイルスを作成しバラまいた罪で長年の取り調べを受けた末、冤罪だったとして釈放された元SEがキーパーソンとして登場します。そして滋賀県大津市に建設中の官民複合施設の仕事を請け負っていたSEが誘拐される事件が起きる。

藤井太洋といえばSF作家と思っていましたが、これはミステリです。舞台は現代で、ニュースで見かけるあれこれや、某大手企業を模した企業が出てきます。時事ネタだけでもニヤニヤできる。さすが社会派作家。
自分がIT系で働いているのでセキュリティだのシステム開発裏話みたいなところはあるあるな感じでより楽しめました。警察のサイバー対策、大変なんだろうなぁ。既存の風土とIT業の風土の落差をどうやってつないでいるんだろう。

犯人は誰だ?というミステリ観点での楽しみももちろんあるのですが、藤井太洋が書くのだから、見どころはむしろディティールにあります。IT業界の過酷な労働状況、セキュリティ対策の現実、一度容疑者として報道されれば冤罪と公表されても名誉回復されない社会的立場、法律の穴と訴訟のポイントなどなどなど。2015年書き下ろしなので、まだ比較的最近の状況が反映されています。

エンタメとして読みやすくうまくまとまっていますし、笑い飛ばしてしまいたい気もあるのですが、やっぱりここで書かれている業界の闇部分というのは程度の差はあってもすべてがフィクションというわけではないというのが大事なところだと思う。藤井太洋はIT系企業で働いていたことがある人なので、一種の告発ともいえるでしょう。先日だって某大手企業がシステム開発で大ポカをしたけど、あれだって悪しき慣習の成れの果てだ、きっと。

本作でキーパーソンとなる元SE、ウイルスを作ったとして犯人扱いされたことがある元SEですが、彼が異常なほどに残業を繰り返していたり、自腹を切って自宅に検証環境を備えていたりしたことが冤罪を招く一因になったという記述があります。普通の感覚では「そこまでやるか?」です。
ただIT系の仕事をしている人は、好きな人は本当に家にも検証環境あるし、お客様の情報を持ち帰ったりはNGだけど、動作確認くらいなら家でもできちゃうしやっちゃうのです。それは別に、普通の話。家にサーバーを立てるなんて別に珍しくもないし、私だって家のパソコンにちょっとしたもの入れたりしているし、でもそういうのを一切しないひともいる。どっちが正しいとかじゃなくて、趣味の問題です。
とはいえ好きでやってるならスキルアップにもなるし幸せなんですけど、全部自分がやらないといけないって強迫観念になって誰にも助けを求められないような精神状態になるのはまずいです。まずいんだけど、自分がおかしいときって自分では気づけないんですよね。

「開発系の業務って成果が見えにくいんで”君はもういらない”って言われるのがとにかく怖いんですよ。それでつい働きすぎてしまう」(P.211)

ぱっと目が覚めるみたいに「今の自分おかしいぞ」と思えればいいんですが、視界が狭まっているときってそうもいかないし。そんなとき、どうしたらいいのか。誰なら救えるんだろうか。
とかいいながらもまだ経験が少ない新人さんには仕事に責任感をもって取り組んでほしいから、ある程度自分から進んで勉強してほしいけど、やりすぎて追い詰めたくもないし、加減が難しい…ほんと難しい…。

しかしなぁ、この本で描かれている闇部分もいずれ「かつて本当にこんな時代が…?」みたいになるのかな?なるんだろうなぁ。早めに過去のものになってほしいな。


そして小説のラストがめちゃくちゃよかったです。藤井太洋の社会派エンタメ作家としての神髄を感じました。さすがだ…