好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

芝木好子『女の庭』を読みました

新刊書店ではほとんど見かけなくなってしまった芝木好子は、古本屋へ行けば文庫の棚に数冊並んでいたり、たまに200円コーナーとかに置かれていたりすることが多い。そのたびに持っていない文庫があれば買って集めるようにしています。

よく言われることだけど、芝木好子の小説には、手に職を持つ女性と、遊ぶ金のある裕福な男性が出てくることが多い。そしてその男女がくっついたりくっつかなかったりする。
私は特別恋愛小説が好き!というわけではないけれど、芝木好子の小説は好んで読みます。そこまで急激に高くならないテンションと、結末が別れや結婚やお付き合いに限らないところが好きだからです。
そもそも恋愛は現象なので、ゴールを設定するならそれは別れか死かしかないと思っている。だからこそ過程が大事なんです。結果付き合おうが別れようが正直どうだってよくて、心の動きが一番大事。そして芝木好子の小説は過程のなかのいいところの切り出し方が上手いのだ。何が起きるでもないけれど、そこには何かがある、と思わせるのが上手い。




250ページで10篇が収められているので、平均すると1篇30ページ弱だ。忘れないように、それぞれどんな話かメモしておきます。ネタバレはありませんが未読の方はご注意ください。




「女の庭」
築地の料亭の娘と、料亭の常連の息子の話。
息子はイタリア帰りの建築家で、料亭の娘はいけばなをやる。ちょっと暗い雰囲気なのがよい。
この時代の京都-東京間はどういう距離感なんだろうな。今とたいして変わらないかな。作品中では新幹線で移動しているけど、1972(昭和47)年刊行なので、「のぞみ」はまだなくて「ひかり」がメインだった時代だ。ちょっとハイソなイメージなのか。


「新しい日々」
家出してきた若い女性が染色工房に住み込みで働く話。
芝木好子の復刊した新刊本の表題作になっていたので、あれはこの話のはず。女性がきびきびして適度にしたたかなので読んでいて気持ちが良かった。珍しく爽やかな話。


「紫陽花」
夫と子供のいる病明けの女性と、婚約者が戦死して以来独身のままの女性が旅行に行く話。
病明けの女性は胃潰瘍の手術をしたけど、本当はガンなのかもねと思っている。それでもけっこうさばさばしていて、独特の雰囲気だ。これはこれで一種のホラー。胸の内は誰にも見えないからな。

「取りのぞいた胃袋は見せてもらったけれど、それが私の胃袋とも言いきれないし。主人がそうだというから聞いておいたまで。そうやって、たのしいこと悪いことの想像をめぐらしているのが、今の私のあそびなの。軀が枯れはじめたせいでしょう。べつに悲観しているわけではありません」(P.73)


「遠い青春」
画家として独立した女性のもとに、昔の恋人の母親がアトリエに訪ねてくる話。
訪ねてくる昔の恋人の母親が絵に描いたように品のない俗物に描かれていて笑ってしまう。画家の女性の息子がとても感じよくて、よい清涼剤でした。いい子だな。


「散り花」
大学勤めの男性が、友人が経営するデザイン学校で昔親しくしていた女性と再会する話。
上手いことやれない男性と、上手いことやれるデザイン学校の経営者と、グラフィック・デザインでちょっと世間を知った女性のしたたかさのパワーバランスがよい。


「年々の花」
27歳で未婚の長女にお見合いをセッティングする母親の話。
結婚しなくてもとやかく言われない時代で本当によかったが、それはこの作品の主軸ではなくて、子供は自分の分身ではないということだ。

慶子はさみしさに堪えるために、その間娘に情(つれ)なくするだろうと思った。(P.145)

芝木好子はこういう一文のさりげない打撃力がすごい。上手い。


「ある別れ」
ヨーロッパから帰国する夫に別れ話を切り出そうとする女性の話。
ヨーロッパ帰りの夫の後ろ暗い事実をつかみ取るためのあれこれがちょっとサスペンスっぽく、最後にガツンと言ってやるのが小気味よい。


「三姉妹」
末娘が新婚旅行に旅立った後、長女と次女が切り盛りする茶室に茶道の若い家元代理が訪れる話。
結論から言うと家元は別のお嬢さんと結婚することになりそうなので、なんとなくいい感じだった長女(と次女)とは何もないんですが、何もないけどなんとなくいい感じなのが一番いい時期なんですよ。何もないけどなんとなくいい感じなまま、何もなく終わるのが真髄なんだって。ほんとに。そこに漂う独特の空気の味わいがある。


「渦の中」
家出した妻を探す男の話。
家出した女性はグラフィック・デザインで結構稼いでいて、夫は彼女の成功を自分の手柄のように思っている。めんどくさいし嫌な奴だ。
家出したグラフィック・デザイナーをかばってあげる女友達が、情に厚くて適度に口が悪くて良かった。女の友情は頼りになる。


「二人の縁」
老齢の日本画家が庭先で拾った若い娘を娘のようにかわいがる話。
モデルにして絵を描いたりするけど、絵の師匠ではなく、猫をかわいがるように若い娘をかわいがる。谷崎というよりも川端っぽい感じ。風流を極めるとこんな感じか、悪くないな。相手が下心なく懐いてくれている奇跡があるから成立している理想の生活だ。



さらりと読める短編集でした。