7月に出ていた中華SF傑作選をようやく読みました。
いやこれ何が凄いって、全17名・全17編の短編SF小説アンソロジーで、華文からの翻訳本で、四六判単行本で解説含め477ページというボリュームたっぷりの品なのに、たったの2200円なんですよ。いいんですか、こんなに安くて? こんなに面白いのに? 普通に考えたら3000円は下らないだろう。どれだけお買い得なんだ……。
書店で平積みされたこの本のボリュームに怖気づいている人は結構いるように思うのですが(私もそうだった)、せっかくだからもう皆買ってしまえばいいと思います。表紙の鈴木康士さんの挿画も雰囲気とあっていて素敵。
少し前まで現代華文小説はほとんど書店に並んでいなかったのに、最近は韓国も中国も「いま」の作家がたくさん刊行されていて、時代の変化を感じる。私は追いつけていない人なんですが、ずっと気にはなっていました。『三体』も面白いんだけど、もっと他の、いろんな作家の作品が読みたい! という気持ちはずっとあって、それを叶えてくれる一冊がついに登場したのだ。アンソロジーっていいなぁ。
収録作品一覧については新紀元社さんの下記ページからご覧いただけます。私がもともと名前を知っていたのは陸秋槎と陳楸帆くらいで、あとは皆さん初見でした。初めまして、今後ともよろしく。
17作品もあれば一編くらいはお気に入りがあるだろうと思って読み始めたのですが、お気に入りは一編どころじゃおさまらない面白さでした。全部書きたいけど収集がつかなくなるので、特にお気に入りのものをいくつか書いておきます。
一番好みだったのは、韓松(ハン・ソン)の『地下鉄の驚くべき変容』。2003年初出の作品、翻訳は上原かおりさんです。本書の巻末には著者紹介を兼ねた詳しい解説がついているのですが、韓松は「中国SF四大天王」と呼ばれるうちの一人なのだとか。格好いい呼称だ。
『地下鉄の驚くべき変容』は、朝の通勤ラッシュでぎゅうぎゅうの地下鉄が暗闇の中をひたすら疾走し続けるという話です。いつもと同じように車両に乗り込んだ人々は、身動きできないほど混みあった車内で電車が一向に停まらないことに気づいて困惑するが……。
巻末の解説で、韓松の作品が「技術時代の『聊斎志異』、電子檻の中のカフカ」(P.466) に例えられると書かれているの、分かる気がする。この不条理感はとてもカフカ的だ。道理で好きなわけだ。短編内の小見出しのユーモラスな雰囲気と、だんだん殺伐としていく本文の様子も良い。結末はウロボロス的なものを想定していたので、ちょっと意外でした。
小見出しといえば黄海(ホアン・ハイ)の『宇宙八景瘋者戯(うちゅうばっけいふうじゃのたわむれ)』も短編の中で小さな章に分けられているのですが、これは邦題が痺れるほど見事。落語の「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」が元ネタなわけだけど、よくこんな邦題思いついたなぁ……。原題は『躁郁宇宙』で、Google先生によれば、躁郁というのはいわゆる躁状態と鬱状態を行き来する双極性障害の意味らしい。翻訳は林久之さんです。小見出し冒頭の噺家口調から思いついたのだろうか、翻訳者って凄いな。
ちなみに林久之さんは表題作である榺野(トン・イエ)の『時のきざはし』の翻訳もされています。きざはしっていうチョイスも素敵だ。
あと潘海天(パン・ハイティエン)の『餓塔』も外せない。2003年初出、翻訳は梁淑珉さんです。砂漠に不時着したスペースシャトルの生き残りの一団が、砂漠に潜む猛獣ジンと飢えと戦いながら生き抜こうとする話です。ストーリーはクラシックで、結末もやっぱりそうなるよな! という感じなのですが、お約束の面白さがある。王道は強いな。
チョウチンクラゲに似たエイリアンが出て来る双翅目(シュアンチームー)の『超過出産ゲリラ』(浅田雅美 訳)も好き。架空生物ものは好きなジャンルで、生態とか行動原理とか、生物学的に詳しく説明されればされるほどテンションが上がります。
読んでいてすごくワクワクしたのは王晋康(ワン・ジンカン)の『七重のSHELL(シェル)』(上原徳子 訳)。清華大学の学生が精巧にプログラムされた仮想世界と現実世界を区別するテストに挑む話なのですが、ハリウッドSF映画みたいなスリルがある。ゲームになりそうだ。王晋康は韓松と同じく中国SF四大天王の一人だそうだけど、さすがの上手いなぁ、キャリアを感じる。
昼温(ジョウ・ウェン)の『沈黙の音節』(浅田雅美 訳)も、叔母の死の真相に迫るサスペンス作品で盛り上がりつつ、でも抒情的なしっとりとした雰囲気もあってすごく良かったです。言語学専攻の女性作家で、まだ若い作家さんのようなのでこれから他の作品も読む機会があるといいなぁ。
同じく女性作家の糖匪(タン・フェイ)の『鯨座を見た人』(根岸美聡 訳)も、父と娘のしっとりした良い話でした。ほんとぐっとくる。めちゃくちゃ良い。彼女の代表作とのことですが、すごく完成度が高かったです。良い話なんだけど押しつけがましくないのがいいんだ……他の作品も読んでみたい作家のひとり。
本書はコミカルな話からサスペンスまでいろんなタイプの作品が一通り揃っているところもいいのですが、何より嬉しいのがどれもしっかりと文句なしにSFである点です。別にSF警察するわけではないけど、英語圏のSF賞はSF/Fであるからか、ファンタジー色が強いような印象があってちょっと物足りなかったのでした。でも本書は間違いなく「SF小説」の傑作選になっているというのがすごく嬉しい。そう、こういうのが読みたかったの!!
あと、『聊斎志異』はやっぱ読んでおかないとなと思いました。
中華系作家の方々は発音に馴染みがなくて名前を覚えるのが大変なのですが、もっと身近になってすらっと口から名前が出てくるようになりたいです。
現代日本に立原透耶さんがいてくれてよかった。これからの活躍も頼りにしています。