好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

藤井太洋『公正的戦闘規範』を読みました

まだ読んでなかったんかーいと突っ込まれそうな2017年刊行の文庫ですが、ようやく読みました。藤井太洋初の短編集とのこと。でもこれ、表題作「公正的戦闘規範」の舞台は2024年なんですよ。つまり今年読むべき本ということだ!!

私は本業がIT系なので、藤井さんの小説は読むたびに仕事に対するモチベーションがぶち上がる。そんな最先端の技術でバリバリやってるわけではないのですが、それでも今自分がやっていることの延長線上にこういう近未来があるんだなって気持ちになると、もっと勉強しなくちゃ!という気になるのだ。下手なビジネス本よりもずっとやる気になる。
ちょっとだけ頑張れば手が届きそうな未来設定がいい。あとエンジニアライフのリアルにちょっと笑ったりする。コロナ禍でテレワークが浸透して大きく変わったけれども。

藤井太洋作品を読んでいていいなぁと思うことは色々ある。例えばできることから一つずつ歩を進めていくところ。国際的でありながら日本主義ではないところ。フェアであろうとしているところ。明るい未来を作ろうとしているところ。などなど。
テクノロジー万能主義というほどの楽観ではないけれど、藤井太洋作品がポジティブな未来を描くことが多いというのは、割とよく聞く。世の中には腹立たしいことや不条理なことが溢れているので、そんなにうまくいくかよ、と思うことはある。あるけど、何らかの道筋をつけなければ何も変わらないので、ほらこんな道があるよ、というのを示してくれる藤井太洋作品はすごく大事な道しるべになってくれていると思うし、そういうポジティブな思考は絶やしちゃいけないと思っています。

本書には5作の短篇が収められているので、それぞれの感想を載せておきます。ネタバレは控えているつもりですが、未読の方はご注意ください。


「コラボレーション」
Gene Mapper』のスピンオフ作品(少し前の時間軸)とのこと。検索エンジンが暴走して人類がインターネットから追放された後の世界で、学生時代に作ったサービスプログラムの残骸を見つける話。

トゥルーネットが世界を覆ってから二十年も経つというのに、サービス停止の責任をどう取るか決められなかった日本には多数の旧来型(レガシー)サーバーが動いている。(P.9)

目に見えるようだ……。「一列だけ照明が残されたオフィス」の表現もめちゃくちゃ馴染みがあってちょっと笑ってしまう。
プログラムやサービスを擬人化して扱っている描写に共感しました。エンジニアはたぶんみんなそう見てしまうのでは? はやぶさだって健気だって評判だったものな。過度な擬人化はいかがなものかとも思うけれど、つい……。とはいえプログラムが動くのを見るのは、楽しい。


「常夏の夜」
台風で甚大な被害を被ったセブ島で物資輸送問題に取り組む軍人と、それを取材するジャーナリスト、はぐれ者の学者の話。
『夏色の想像力』にも収められているのでそちらで読んでいましたが、改めて読んでもワクワクする。2014年初出とのことなので、経路の最適化については今はもっと進んでいるはず。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、この作品のワクワクは中盤以降なんですよね。全てはあの一歩を踏み出すためのもの。
ちなみにこの作品の時代設定は2028年でした。あと少しだな。台風は来なくても良い。


「公正的戦闘規範」
上海の日系ゲーム会社のデバッグ係が国家機密の事件に巻き込まれる話。
2024年が舞台の表題作は2015年初出。今書くなら日系ゲーム会社ではないかもしれないな。
藤井太洋の得意技の一つはさらっと海外を舞台にしてくるところで、しかも登場人物たちはごくごく自然にその舞台で生活するのだ。全然わざとらしくない無国籍さ。

「おかしいに決まってる。だが、それをいうなら、主義主張のために人を殺すこと自体が狂気だ」(P.195)

戦争なんてそもそも起きないのが一番だってわかっていても起きてしまっているのが現状で、いきなりゼロにはできない。もっと加速して取り返しのつかないことになる前に、少しずつでも引き返そうよ、ということかなと思っています。読めばわかるけれど、決して戦争を容認しているわけではなくて、現実の中で少しでもマシな道を選ぼうとしているという印象でした。


「第二内戦」
銃規制法案をきっかけにアメリカの一部の州が独立した世界で、古き良きもう一つのアメリカに潜入する話。
作中でアメリカが分裂したのは2023年。実現しなくてよかった。

新たなアメリカができて四年。その間、新しい技術に親しんでこなかった彼がまがりなりにも今の職につけているのは、技術者が払底したFSAだからなのだ。(P.274)

耳が痛い!!! IT業界でエンジニアで居続けるには、勉強を続けないとダメなんですよ。わかってるけど低きに流れる私はつい技術書そっちのけで小説ばっかり読んでしまうので反省しました。ちゃんと勉強もしないとな。



「軌道の環」
木星の大気鉱山で事故に遭った作業員の話。
藤井太洋はソフトウェア(特に仮想通貨系)に強いSF作家のイメージだったので、木星系とか大気鉱山とかでっかい宇宙船とか出てくる本作はちょっと新鮮でした。こういうのも書くんですね。私は物理学がとても苦手なので単純にすごく難しかった……。正直ラストの部分を未だに理解しきれていない。ひとえに私の知識不足のせいです。
けれど、木星に飛び出したムスリムの新たな宗教生活の描写はとても面白く読みました。実際、いずれ直面する問題だろう。
人類が地球を飛び出して他の星を開拓するようになる頃には、神の存在を信じていない人は今よりも増えているかもしれない。でも逆に、すぐそこに死が口を開いて待っている宇宙空間で、宗教生活なしに正気を保つのはかなり難しいと思うのだ。船乗りが信心深いように、宇宙船乗りもきっとジンクスを気にすると思う。


しかしこの本が2017年とは。もうそんなに経ったのか。ついこの間出た本だと思っていたのに……!
世の中はどんどん変わっていくように見えるけれど、人間はそこまで急には変われない。言葉を失うようなことも起きるけれど、確実に一つ一つ対処していくしかないのだろう。自分にできることを、自分にできる範囲で、焦らずやっていこうと思います。2024年も仕事を頑張るぞ。でも残業はほどほどにするぞ!