好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

文芸雑誌『代わりに読む人1 創刊号 特集:矛盾』を読みました

[......] 本誌では、この活動の延長として、読む/書く人々の試行錯誤の場となる「公園」を目指します。文芸雑誌と謳っていますが、それは専ら文芸に携わる者だけのものではありません。分野が異なれば見えている景色も、また使う言葉やその使い方も違います。思いもよらない異界や人々との出会いが生まれるように、様々な分野で活動する人々にそれぞれの視点で、エッセイ、小説、漫画などを綴ってもらいます。(P.2, 巻頭言)

年に一号ずつ発行される予定のちょっと風変わりな文芸雑誌、『代わりに読む人』。実は昨年2022年、創刊準備号として「準備」をテーマに発行されている。そのため、本書は創刊号ですが2冊目である。その辺の経緯はぜひ直接『代わりに読む人 創刊準備号』をお読みください。
2022年は自分史上最高に忙しかった年なので若干記憶が曖昧なのですが、『代わりに読む人』は確かTwitterで情報が流れてきたはず。どこの本屋にもあるという雑誌でもないので、確か青山ブックセンターあたりで買ったはず。非常に私の好みに合った雑誌であり、私はそこで初めて後藤明生を知ったのでした。
しかし創刊準備号の感想、てっきりブログに書いていたと思っていたのですが、見当たらないですね……おかしいな……。


記事冒頭のリンクはAmazonに飛ばされてしまうのですが、公式HPの方が情報が充実しているので、そちらも貼っておきますね。

www.kawariniyomuhito.com

『代わりに読む人』という雑誌は、なんかすごく「新しいことしようとしてる」感がひしひしと感じられるところが非常に好きです。文学の幅を広げようとしてくれている。文字でできることなんでもやりますって感じ。いいぞいいぞ。ページのレイアウトが自由なのも好き。余白を広く取ったり、二段組にしたり、見ていて楽しい。
どうか、これまで見たことのないものを見せてほしい。世界のどこにもないものを作ってほしい。やってみたらイマイチかもしれないけど、やってみてほしい。必ず評価されるもの、わかりやすく整理されているものだけじゃ物足りないのだ。こうすればうまくいきますメソッドばかり繰り返していたら瘦せ細るばかりだ。もっとギリギリをみせてよ。

私が知っている限り、『代わりに読む人』は、公園なんてのどかな仮面をかぶっているけれど、文字文学のギリギリを狙った実にロックな雑誌です。非常に好きです。

以下、各作品ごとの感想です。長くなってしまったので畳んでおきます。次号も楽しみにしております!次のテーマは何かな。

■この1年に読んだ本 2022-2023

雑誌に寄稿した人たちが2022年~2023年に読んだ本について紹介するコーナー。
人の読んだ本について読むのは何故こんなにも楽しいのか。知ってても楽しいし知らなくても楽しい。
小山田浩子さんが紹介している吉田知子という作家について、これまで読んだことがないけれど、なんとなく好きそうな雰囲気がするので、どこかで見かけたら買うようにしようと思います。読んでみたい。

■友田とん「「矛盾」が考える」

『代わりに読む人』の編集者がテーマ「矛盾」について語る話。
「自由な場」を「きちんとする」ことの矛盾について。しかし矛盾した状態というのは魅力的でよい。白黒はっきりしているよりずっと本当っぽいし。

■はいたにあゆむ「環 感 勘 歓」

踏切のカンカン音をビートにしてDJイベントを開いた話。なにそれ面白そうだな!と思ってネット検索したらはいたにさんのTwitterに動画が上がってました。楽しそう……!

■今村空車「芝生の習作」

大学時代に友人の自主製作映画の手伝いをした思い出を語る話。
ラストがぐっとくる良さ。この良さは今の年齢だからわかるあれこれがあるな……と思うと、年を重ねることも悪いことばかりではない。

■わかしょ文庫「よみがえらせる和歌の響き 実朝試論」

 実朝について知るためにいくつかの本にあたったが、著者の感情の昂りが感じられる箇所の多さに面食らい、有り体に言えば「さめた」。やがて、実朝の実像以上に、実朝について論じる、あるいは物語るとき、どうして人は感情を昂らせてしまうのか、という問いのほうがむしろ気になった。本論ではこの問いを考えたい。(P.51-52)

源実朝について知ってはいたけど、これまでは深く接する機会もなく、彼が研究者たちをそこまで狂わす魔性だとは知らなかった。非常に面白かったです。もう少し詳しく読みたいくらい。

■松尾模糊「海浜公園建設予定地」

過疎化の進む地方に里帰りした「ぼく」の話。地方を舞台にした小説を読むといつも思うのだが、小説に描かれている「地方の姿」がどれくらいリアルでどれくらい演出されているのかよくわからない。私自身が地方に親しい親戚がいないものだから、いまいちイメージできないのだ。こんな感じなのかなぁ。

■蛙坂須美「幽霊は二度死ぬ、あるいはそこにないものがある話」

 私がここで問題にしたいのは、幽霊という「そこにないもの《アブセンス》」を言葉によって表現するとき、どう足掻いてもそれは必ず「そこにあるもの《プレゼンス》」として立ち上がってしまう、というパラドックスについてである。(P.76-77)

ほんとにあった怖い話についての話。ドーナツの穴はドーナツがないと見えないのだな。しかしめちゃくちゃ面白かった。

小山田浩子「こたつ」

いい雰囲気の彼女の部屋でこたつに入って鍋をよばれる話。距離感とか、地の文とか、登場人物の話し方とか、とても好みでした。花森さんの矛盾との葛藤、すごくわかるよ……。
ちなみに我が家にこたつはない。実家にもなかった。

■松尾信一郎「水の滴るような積分記号について」

著者が数学者になろうと決意したときのことと、積分記号のカッコよさについての話。カントール対角線論法とコーシーの積分公式について。フォントにこだわるところに笑ってしまった。
数学は一応2Bまでやったので積分記号使ったはずなのですがぜんぜん覚えておらずググってようやく思い出した。この子か。たしかに音楽記号ぽくてスタイリッシュだ。

■永井太郎「健康」

健康診断の三週間前からにわかに健康的な生活を送り始める「私」の話。わかる、わかるよ……!意味ないってわかっててもやるんだよ。まぁやらないよりもましでは?という気もする。めちゃくちゃ面白かった。

■陳詩遠「ありえない秩序」

「無矛盾」の学問である物理学について語る話。私は物理学には早々に見切りをつけた人間なので(とはいえ機会があればもういちどやり直したい)無矛盾を成立させるのがどの程度困難なのかがたぶんよくわかっていない。とはいえこのエッセイで、『三体』の物理学者たちが絶望した気持ちが1ミリくらいわかったような気もします。たぶん気のせいだけれども。
しかし文章がコミカルですごく面白かったです。ラストのオチが秀逸。

■二見さわや歌「骨を撒く」

母親が病気で入院する話。仕事をしながら病院に通うしんどさとか、大人になってからの兄弟との付き合いとか、親という存在の特別さ(良くも悪くも)とか、いろいろ思ってぐっときました。いずれ来る道だ。すごく良かった。

■牧野楠葉「瑠衣」

付き合っている男の子がサディストだった話。ラストがすごく良くできていて、いくつか道はあったけどその道もあるよね、そりゃそうだよ、という感じでリアルでよかった。主人公があと10歳若かったら我慢してたかもしれないとも思う。それがいいとか悪いとかじゃなくて、まぁ良くはないのだろうけれど、そういうのってタイミングだもんな。相手の受け入れられない部分を本当に無理ってなっちゃったら別れるしかないんだけど、本当に無理ってならないようにうまくやれば、付き合い続けられないこともない。「それは本当に好きとは言えないんじゃないの?」とか訳知り顔で言ってくる人もいるだろうけど、そういうことじゃないんだよ、とも思うのだ。本当の付き合いだとか本当の愛だとはそんなものはどうだってよくて、好きだと思ってしまった相手と一日でも長く一緒にいるにはどうすればいいかっていう、それだけだ。その結果、感極まって相手をなんでも受け入れられる気持ちになってやってみて、駄目でしたっていうのは、間違いじゃない、間違いじゃないよ、と瑠衣に言ってあげたい。そういうことだってあるよ。

■伏見瞬「「さみしさの神様」を待ちながら」

 日中、なにかしらの活動をしているときも、目覚めたときのさみしさをずっと探している気がする。外を歩いているときも、人と話しているときも、生活上の世界から切り離されて神様に出会う瞬間を待っている気がする。「さみしさの神様」とでもいうべき感覚との再会を、ずっと待ちわびている。人から愛されたいとか素敵な服が欲しいとか世俗的な欲望も山ほど感じてはいるが、本当の本当のところは、それすらもどうでもいいのだと思う。そして、生活から切り離されたいと思いながら生活している人間は、いくら社交的に振舞おうとも、本質的には他人に対して閉じた人間だろう。(P.156)

他人の存在に関心がない著者がそれでも作品を書く話。上の文章に身に覚えがありすぎて困った。地に足をつけて生きていくべきと思いながらも、それができないまま大人と呼ばれる年になってしまった。きっと一生こんな感じなんだろうな、とも思っている。

■伊藤螺子「鶴丸さんの分身」

すきま時間に鍛錬を積み、分身に成功した会社の同僚の話。多元宇宙ではなく、自分が二つになって、それを第三者目線で語る(しかも分身は姿を現さない)というスタイルがちょっと見ない感じで面白かった。さわやかで素敵。

■友田とん「矛盾指南」

矛盾指南所で師匠に矛盾について教えを乞う話。落語のネタみたいだった。特集記事のデザート。

■連載・小特集 これから読む後藤明生

創刊準備号で後藤明生を知り、まんまと『挟み撃ち』を読んだだけの私ですが、計3編のエッセイ、どれも楽しく読めました。一応全集の一巻は入手済みなので、他の作品もちびちび読んでいきたいな。