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『夜想#中川多理――物語の中の少女』を読みました

夜想#中川多理: 物語の中の少女

夜想#中川多理: 物語の中の少女

  • 発売日: 2018/05/31
  • メディア: 単行本

雑誌「夜想」の特別号として刊行された、人形作家・中川多理の写真集です。
パラボリカ・ビスで開催していた展覧会を観に行ったときに買ったサイン本。カバーがガーゼになっていて、とてもおしゃれ。
これを読む直前まで英国の怪談集を読んでいたので、もうちょっと夢の中にいたくて、本棚に飾っていたのをついに読むことにした次第です。

何度も言ってますが、私はもともと人形とか全然興味なかったのです。でも山尾悠子の『小鳥たち』に収録されていた写真で射抜かれてから、中川多理は特別。
本全体に漂う耽美な雰囲気と背徳感がとても良いのですが、多分あの、けっこうグロいとこあるので、人は選ぶかも…

「物語の中の少女」と銘打たれている通り、この本にはいろんな作品に出てくる「少女」の人形写真が収められています。全部で12の作品の少女人形と、寄稿がいくつか。寄稿の中には皆川博子山尾悠子、森島章人の書き下ろし作品も含まれていて、とても贅沢で素敵。

人形が作られた12の作品と、モデルとなった登場人物のリストについては、公式HPに出ているので引用しておきます。

[とりあげた作品]
「カファルド」ボナ・ド・マンディアルグ人狼の少女
「海の百合」アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ/ヴァニーナ
「仔羊の血」アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグマルスリーヌ・カイン
エレンディラガルシア・マルケスエレンディラ
「氷」アンナ・カヴァンアルビノの少女
「田舎医者」フランツ・カフカ/女中ローザ
「スノウホワイト」諸星大二郎/白雪姫
「押絵の奇蹟」夢野久作/井ノ口トシ子
「死の泉」皆川博子/レナとアリツェ
「大きな翼のある、ひどく年老いた男」ガルシア・マルケス/幻鳥譚
「そこはわたしの人形の」皆川博子/少女と髑髏
「小鳥たち」山尾悠子/小鳥の侍女

公式HPは以下。写真も数枚載っているので、ぜひ。
夜想#中川多理—物語の中の少女

とりあげられた作品の中で読んだことがあるのはアンナ・カヴァンの『氷』とカフカの『田舎医者』、そして山尾悠子の『小鳥たち』くらいです。知ってるものの方が少なかったけれど、それでもどの人形も、ものすごい迫力で迫ってきた。
ちなみに写真を撮ったのも中川多理自身とのこと。さすが作者は魅せ方を熟知してらっしゃる……。
巻末に「創作ノート」が載っていて、それぞれの作品に対する中川多理の解釈が書かれていたのがとても面白かったです。マンディアルグは未読でしたが、読んでみたくなってしまった。

元の作品知らないながらも一番ぐっときたのが、諸星大二郎『白雪姫』のスノウホワイト。sleep ver. と wake ver. があるのですが、このバージョン差異がたまらないのです。
sleep ver. は天使のような寝顔で、長い睫となめらかな肌があどけない。一方で wake ver. の方は、ちょっと開いた口もとから覗く歯が官能的で、でもやっぱり無垢な少女のような頬のふくらかな感じが見事に両立していて……とても良い。

中川多理の人形の写真を見て感じるのは、彼女たちが人形に徹していることで逆に浮き立つ存在感です。「たましいをもたないもの」であり、「造られたもの」という印象が強いのに、「そこに在る」という存在感がずば抜けている。肉体が魂の容れ器だとしたら、彼女たちはどう見ても器しか持たないオブジェクトなのに、その瞳は確実に何かを映しているように感じる。ヒトならざる者の神々しさに近いかもしれない。
もしかしたら、ただのオブジェクトだからこそ、観察者自身の視線が何のフィルターも通さずにただ反射されてきているのかも。私が中川多理の人形を見て、不意を突かれたように狼狽えるのは、私自身が彼女たちを視るその視線に無意識に込めた嗜虐心や残酷さをそのまま我が身に受けているだけなのではないか。彼女たちはただ澄み切った鏡のようなそれなのでは。

しかし78~79頁の見開きで、こちらを流し目で見てくる老天使の美しさといったら!彼女の瞳の雄弁さよ。



おまけ。
すでに世の中に存在する物語の登場人物で、中川多理の人形としての姿を見てみたいなと思うのは、リラダンの『未來のイヴ』の人造人間ハダリーです。魂を持たないモノを人形にしたら、どうなるのかなぁ…見てみたいなぁ…
中川多理のもう一つの写真集『イヴの肋骨』も、やっぱり入手しないといけないな。