好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

翻訳小説同人誌『BABELZINE 1』を読みました

booth.pm

未邦訳翻訳小説11篇+評論で構成された同人誌です。記念すべき創刊号。Twitterで見かけて、面白そうだったので買いました。買ってよかった。
作り手は「週末翻訳クラブ・バベルうお」という、8名から成るサークル。サークルについては下記リンクのインタビューで詳しく語られていますので、よかったらどうぞ。

note.com

今回収録のラインナップから、バベルうおさんの専門は海外SFかと思っていたのですが、そうとも限らないようです。

 BABELZINEという同人誌をはじめます。SFや幻想文学、変な小説をいっぱい翻訳して、どんどん紹介しておこうという、そういう雑誌です。(P.3/創刊の言葉)

変な小説が大好きな身としては非常にありがたい!すでに続刊が楽しみ。
ちなみに掲載小説についてはちゃんと著者にコンタクトして許可を得ているのだそう。つまりここに掲載されている作家は翻訳同人誌という活動に理解があるということなのか。

全11篇の詳細は本記事の冒頭のリンクから確認いただけるので、ここでは全部を詳しくは書きません。
ピーター・ワッツなんかは短編集の邦訳も出ていますが、ここに収録されている作家で私が読んだことある人は一人もいませんでした。『ンジュズ』は読みたいなと思っていたやつだったので、入っていて嬉しい。話のバリエーションも多くて、構成としてもバランスが良くて凄い。あと表紙の魚の絵がすごくいいんだ……。表紙や中の紙質もしっかりしていて好みでした。

実はSFマガジン2020年6月号が「英語圏SF受賞作特集」だったので買って読んだのですが、掲載されている受賞作はファンタジー色が濃くて正直物足りなかったのでした。だから今の英語圏SFってファンタジーに押され気味なのかなーと思っていたけれど、本書に載っている短編は「これぞSF-!!」と叫びたくなるようなものがいくつもあって、非常に満足でした。なんだー、あるんじゃん!良かった!

話が逸れました。
さて『BABELZINE 1』ですが、特に好みだったものを少しだけご紹介。

■リッチ・ラーソン『肉と塩と火花』(Rich Larson / Meat And Salt And Sparks)
各作品の冒頭には簡単な紹介文が書かれているのですが、この作品の紹介文で「チンパンジーと人間のバデイ刑事が挑む奇妙な殺人事件(P.26)」とあるのを見た時はなんだそれって思ったんです。でも、これが、めっちゃ良かった……!
なんでチンパンジーが刑事やってるの?とか、エコーガールって何?とか、素敵ポイントはたくさんあるけど、読み進める楽しみを奪いたくはないのでここでは何も言いません。いいから読んで!めちゃくちゃ良かった!!ラストが素晴らしいんですよ。心臓がぎゅっとなるってこういうことだよね……

■ベストン・バーネット『エンタングルメント』(Beston Barnett / Entangled)
これぞSF!って叫びたくなった作品の筆頭。端から端まで好みでした。
惑星レンの生まれでありながら、惑星地球の市民として初めて気化した存在である「僕」の物語。遠く離れた惑星の住民同士がXスーツを介してコミュニケーションを取り合うというガジェットもわくわくする。異なる惑星への帰化の条件とか、銀河連合(IGC)の統合の段階とか、だんだん明らかになっていく世界の、その語りの上手さが実に良かったです。身体的にはレン人でありながら、文化的には地球人である「僕」の寄る辺なさがたまらない。


『肉と塩と火花』にしろ『エンタングルメント』にしろ、孤独にフォーカスした話に強く惹かれるのは多分私の好みの問題だ。でもどんなに技術が進歩して、常に誰かと繋がっていられるようになっても、独りという感覚が消え去ることはない。だからこそ孤独というのは時代も言語も文学ジャンルも越えた共通テーマの一つなんだと思う。

他にも『二年兵』の静かな不気味さとか、『母の言葉』のやるせなさとか、『確からし茶(さ)』の邦題の上手さとか(原題は「Probablitea」)も良かった。『ンジュズ』の作品全体にわたってずっと低音で響いているような独特の雰囲気も、いいなぁ。
まだ私の知らない面白い話というのは世界にたくさんあるんだろうな。日本語でも外国語でも。でも外国語のものも、こうして母語で読めるのはありがたいことだ。同人誌でも翻訳ってありなんだな、というのが驚きでした。そうなんだ、できるんだ。固定観念に囚われていてはだめだな。

続刊も楽しみにしています。