好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

トマス・M・ディッシュ『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志・小島はな 訳)を読みました

このブログを書く前に、告白しておきますが、私、ディッシュの小説を読んだことがないです。
『いさましいちびのトースター』を名前だけ知っているけど、読んだことはないです。それでもこの本は買って読みました。SF評論って珍しいし、その珍しいものを一冊にして出してくれるのはありがたいなと思ったからです。
そんな奇特な版元は国書刊行会!! 一冊4200円プラス税ですよ。買っておいてなんですけど、これは、売れないでしょ! このお値段で、小説ではなく評論ですよ。これは、売れないでしょ! それなのに出してくれてありがとう!!! その心意気に敬意を表して買いました。

本書はSF評論集であるため、当然ながら評論される対象となる作品が存在します。詳細は巻末の索引にまとめられていたけれど、目次には書かれておらず、代わりに背表紙の帯に著者と作品名が羅列されていました。扱われている作品はメジャーなものから和訳がないものまでさまざまだし、アンソロジーも多いので正直数えるほどしか読んだことがない。でも読んでみたら、扱われている作品知らなくても大丈夫でした。というかよく考えたら書評ってそういうものだったな。
しかもディッシュはネタバレしない配慮をしてくれるし、なにせ文章がうまい。それでもやっぱり作品や作者についてある程度知っているともっと面白いのだろうな、とは思いましたけども。

「書評するときには」とイエスは言った。「プロットをあまり言わないように。地獄には物語のいちばんの驚きを台なしにした書評家のために特別な場所がとってあるぞ。[ ...... ] 」(P.152 「イエスとの対話」)

海外の雑誌がどういう形で出版されているのかまるで知らないのですが、結構な長さの書評がしばしば収められていて驚く。表題作(という表現が評論集でも正しいのか?)の「SFの気恥ずかしさ」は講演を文章化したものだし、いくつかのエッセイは雑誌に載っているとはいえエッセイなのでそれなりの長さを割けるのはわかる。しかし一冊の本について20頁超の量の文章を載せられる贅沢さ! ホイットリー・ストリーバーの『コミュニオン――異星人遭遇全記録』の書評のことです。著者が異星人にキャトられたときのことを暴露するという本らしいのですが、著者がフィクションではないと明言していることから、ディッシュもその態で話を進めており……ラストがめちゃくちゃ意地悪で笑ってしまった。
ディッシュは「ストリーバーは大ほら吹きだ!」みたいなことは決して書かず、じわじわと獲物を追い詰めていくのだ。ほほぅ、これは「真実の物語」ですか、そうですかそうですか、ところであなたの書いた短編小説「苦痛」にひどくそっくりな箇所がありますね……。
ちなみに『コミュニオン』には『宇宙からの啓示—―異星人遭遇記録』という続編が出ており、ディッシュは律儀にも、続編についてもちゃんと書評を書いている。私はあまり善良な人間ではないので、嫌みたっぷりのその書評に爆笑していました。手が込んでる!

ちなみに一番好きだったのは「聖ブラッドベリ祭」と題された文章です。解説によると、1982~1983年の間の月間書評をひとつの文章にまとめたものらしい。2021年に竹書房から和訳が刊行されたビショップの『時の他に敵なし』が面白かった小説として取り上げられていて、読了済みだったので頷きながら読んでいた。刊行してくれてありがとうございました竹書房

 毎年八月二十二日(聖人の誕生日)の日没に、編集者と書評家と関連事業者が聖ブラッドベリ祭を祝う。彼らは精一杯努力して固い決意でのぞんだのに、最後まで読み切れなかった本を全部集めて束にすると、近場の書籍焼却所に持って行く。そこでは「つまらない!」「うぬぼれるな!」「クズ!」「下手くそ!」という叫び声のあがるなか、憎たらしい本から上がる火でウィンナーをあぶったり、チキンをバーベキューにしたりして、聖ブラッドベリ祭だけに許された甘美な悲しみにひたる――とうとう煩わしい仕事を終えてほっとする気持と、これだけ大勢の書き手が書いて出版社が出版した本が無駄だった、すべて無駄だったと空恐ろしく思う気持ちが入り混じった甘美な悲しみに。(P.183 「聖ブラッドベリ祭」)

巻末の若島正の解説でもディッシュの書評の辛辣さが触れられているけど、冴えわたる酷評ぶりのなかでも読者(書評の読者とSF読者)を置いてきぼりにしないところがすごいなと思うし、面白さの秘訣だとも思う。だってディッシュ、圧倒的に文章センスが素晴らしいのだ。貶すときだけでなく、褒めるときもキレッキレですよ。

[ ...... ] 四部作が完結するまで読まないなんて、ベネツィアには退職したら住むつもりだから休暇で行くのはやめておくよと言うくらい馬鹿げているだろう。(P.216 「違った違った世界」)

 [ ...... ] つまり、プリングルはSFの分野で想像力が外食をしようというときに、ジャンクフードよりもいいものを食べたいと思う一般的に文学通の読者にとって魅力がある本と著者(七十三人の著者による百冊)を選ぼうという意図がある。買いだめしておく本のチェックリストとしてこの本にかなうものはないと思う。(P.387 「SF—―ゲットーへの案内」)


こんな面白い評論読まされると、自分の文章の未熟さに打ちのめされたりもするけれど、誰かの代わりに読むことも誰かの代わりに書くこともできないので、せめて私が読んだ分は私の文章で書いておこうと思う。そうすることで、その本が出版されたことの感謝を示したいと思います。ほんと、評論は小説よりも売れにくいだろうに、出版してくれてありがとうございます。ディッシュの書評を、書籍という形で残してくれてよかった。図書館に置かれて、物好きな人が読んで、SFに興味持つ人が増えるといいな。そしてSF市場が広くなり、面白いSFがたくさん読めるといいな。