好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

井上彼方 編『生物SFアンソロジー なまものの方舟/方舟のかおぶれ』を読みました

2023年5月に開催された「文学フリマ東京36」にて入手した生物SFアンソロジー『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』を読みました。
編者は『新月』の編者でもある井上彼方さんなので、まず間違いなく私好みであることは信じていた。それに生物SFは好きなので、ずっと読みたかった!買えてよかった!
実は2022年11月の文学フリマでも頒布されていたことは知っていたのですが、入手しそびれていたのでした。
ISBNがついてない冊子のため、参考URLとして井上彼方さんのブログを貼っておきます。入手可能な書店一覧の記載もあります。

time-lag-arimasu.blogspot.com

ちなみに『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』には文庫版と文庫じゃない版の二種類あるらしいのですが、私が読んだのは増補版でもある文庫版のほうです。
アンソロジーのコンセプトは冒頭に記載がありました。

 生物SFアンソロジー『なまものの方舟』は「実在の生き物の特性をSFの道具立てとして使うという縛りのSFアンソロジー」を作りたいなーと思ったところから始まったアンソロジーです。実際には、いろんな形で生き物たちが描かれたSF作品が集まっています。実在の生き物もいればそうではない生き物もいます。(P.2)

私はヒトではない生き物(架空生物含む)が出てくる小説が好きなのですが、過度に擬人化された人間くさい生物というのはあまり好みではなくて、意思疎通できないくらいがちょうどいいような気がしている。そもそも意思疎通なんて幻想だものな。
同じ姿かたちをして、同じシステム(主に五感)で世界を把握していて、同じ言葉を話していると、なんとなく理解しあえるような気持になってしまう。けど結局のところ自我以外は全部他者なので、想像しながら歩み寄るしかないのだ。
その点、姿かたちが全く異なる、どころか生態系すら全然違うような生き物は分かり合える期待値が低くなるので、逆に付き合いやすくなる印象があります。「分かり合えない」がベースになる。そこから妥協点を見つけていくような、そういうのが好みです。

このアンソロジーに集められた生物の顔ぶれは上記リンクにも記載があるのですが、個人的には知らないで作品を楽しむのがおもしろいかなと思うのでここには書きません。『オニロコリバオの遠征』など生き物の名前がタイトルに入っているのもあるし、『大予言』など、作中で生き物の名前が一切出てこないのもあります。どっちも面白い。
あと各作者さんの自己紹介とともに書かれていた「読んでみたい生物SF」がどれも読んでみたかったので、続刊楽しみにしてますね!!!

ちなみに私はこのアンソロジーを旅行中に読んだのですが、めちゃくちゃ面白くて観光どころではなかったこと、旅行先の動物園か水族館に駆け込もうかかなり本気で考えたことをお伝えしておきます(動物園が近かったけど雨だったので諦めました)。
作品は「都市」「海」「陸」「宇宙」の四章に分かれているけど、そこまで厳密な分類ではない印象。全25作が収められています。短くはありますがそれぞれ簡単な感想を書いておきます。ネタバレと感じられる部分があるかもしれませんので、未読の方はご注意ください。



【都市】
伊藤なむあひ「大予言」
山手線沿線で謎の工事が続けられる話。
清廉な雰囲気の美しい小説でした。静かな冬の朝、風で水面が震えてできた波が放射状に伸びてやがて消えるような、端正な文章が美しい。

野咲タラ「オニロコリバオの遠征」
オーストラリアで人々が虹色の夢を見る話。
おおおこれぞ生物SF!と叫びたくなるような王道生物SF。ラストが好き。

剣先あやめ「沈黙の初夏」
初夏に甘い芳香が街を覆う話。
これも王道の植物SF。植物は動物よりも意思疎通できないところが好きです。移動はしないが動かないわけではない、というのもホラーっぽくてよい。

伊島糸雨「愛のために」
体内に寄生虫を入れてデバイスのように扱う世界の話。
これめちゃくちゃ好みでした。虫が出てくるSFは苦手な人もいると思いますが、酉島伝法好きな人にはお勧めしたい。冬虫夏草SF、私も読みたいです。

暴力と破滅の運び手「遠くのお城で、あまたの馬が」
ユニコーン京都市動物園に居座る話。
作品の元ネタになっている生き物は言わない方がいいかなと思っていたのですが、これは言っていいやつだと思うので言ってしまう。ユニコーンをメインにしたポップな作品です。笑った。

水嶋いみず「分裂」
文芸部部長が部誌に載せる小説を書きあぐねる話。
生物味は薄めですが、引き金として使われている幻想寄りのSFでした。安部公房の「ユープケッチャ」を一番好きな生き物に推しており、そういわれるとなるほどと思われる文体でした。藤枝静男もお好きなのでは?

佐伯真洋「怪魚の逆鱗に触れる」
水没した東京で怪魚を狩る話。
海に沈んだ東京というのは一種のロマンだな……知ってる土地だと退廃の味付けがしやすくてよい。でも小説の雰囲気はポップ寄りでした。

【海】
鞍馬アリス「眠るイルカたち」
イルカになった人々の話。
SFで生物といったらイルカだ。そういう意味でも王道だけど、イルカでないといけなかった理由がちゃんとあって、そこもすごく良かったです。鞍馬アリスは『RIKKA ZINE』に掲載されていた「クリムゾン・フラワー」も好きだったのでお名前覚えていた。今回も適度なロマンチックが配合された冷静な文章で好きでした。

青島もうじき「花籠のあなたたち」
カイロウドウケツSF。
ストーリー話すとすべてがネタバレになりそうなのでカイロウドウケツSFとだけ言っておく。カイロウドウケツを選ぶとは通ですな……という気持ちでニヤニヤしてしまった。とても好きです。カイロウドウケツである理由がちゃんとあるのも素敵です。

佐々木倫「大きなともだち」
巨大な女の話。
人間が愚かさの象徴として出てくる寓話っぽい雰囲気のストーリーでした。ラストがとびきり美しくてぐっときた。

紅坂紫「歴程 」
ひたすらに旅を続ける一族の話。
大きな流れを変えるきっかけになる小さな石を投げる小説が最近は増えた印象です。場面描写が丁寧でカメラワークが上手い文章でした。潮の匂いがする。

和倉稜「水深八一七八メートル、超深海」
生きるため超深海に潜る人の話。
とっても好みでした。作品全体の雰囲気が美しくて、水の中で空気がコポコポいう音が耳元で聞こえるみたいだった。

【陸】
糸川乃衣「定点観測」
川の堤防の定点観測と、昔の話。
特にお気に入りの作品の一つ。鳥への憧れが私にもあるので感情移入してしまった。定点観測と昔の話のせめぎ合いが好き。

こい瀬伊音「ビオトープ、夢のあと」
新たなパートナーと夏を過ごすカエルの話。
めちゃくちゃかわいいカエルSFでした。不在の切なさがいい味を出している。ハッピーエンドっていいものだな……。

猿場つかさ「うるわしい音は残らない」
一匹の美しい雄を失った二匹の雌の蛇の話。
非常に好みの蛇SFでした。品の良いセクシーって感じ。ドロドロにならずにいられるのは彼らがプライドを保っているからか。高潔な生き物だ。

Yohクモハ「アマゾニカ
熱帯雨林に近い街に現れる不思議な女の話。
こちらも官能的な作品で、異国情緒あふれるハードボイルド風。カイビリーニャ、思わずググってしまった。

星野いのり「登仙蝶」
俳句形式。妻を亡くした男が雪の山に分け入る話。
雪の降る音と雪山に分け入る男の息遣いしか聞こえないような世界だった。好きです。蝶は怪しげでよい……

一徳元就「その名もキャスパー」
カモノハシのようにみえる何かの話。
しばらく幻想系作品が続いていたけど、これはSF!雰囲気はポップで軽みがある。カモノハシってミュイって鳴くのか。

関元聡「多島海
滅亡しかけた世界で離島に住む佐藤の話。
良い終末系SFでした。しかしなぜ種として生き延びることを我々は重視してしまうのかは、ずっと不思議だ。

【宇宙】
渡邉清文「月の砂漠」
月の砂漠をラクダのキャラバンが進んでいく話。
月の砂漠!駱駝!それだけでもう道具はそろっているという感じ。SFでした。好き。

稲田一声「ぶるぶるちゃん、お顔を上げて」
生物プリンタでひと夏の間恐竜を育てることになった子供たちの話。
稲田一声は『RIKKA ZINE』などこれまでいくつか読んだことがあるけど、夏休みが得意な作家という印象だ。期限付きのいつもと違う日々で魔法が生まれやすいんだろうか。夏休みっていいよね。恐竜はロマン。

岸辺澪「勿忘熊」
とある衛星で見つかった熊のような生き物の死骸の話。
死骸を見つけた後のパートで語られる生前の熊(に似た現地生物)の話がしっとりとした語り口で雰囲気がある。

御神楽「黒い空と青い光の下で」
世界の果てを知るために旅をする旅びとの話。
フロンティアを目指して慣れ親しんだ場所を離れるという行為は文学だ!と思う。それは個の生存を脅かしながら、種の可能性を広げる。

王生らてぃ「モルフォ・アーカイブ
モルフォチョウの翅にあらゆるものを記録する話。
青い蝶がわっと飛び交う場面を想像するだけでもエモいのですが、その翅のひとつひとつにあらゆる情報が詰まっていると考えるとさらにエモい。この情景を描きだすための作品のように思える。なんという美しさ。

化野夕陽「方舟はかつて飛びやがて飛ぶ翼に曳かれ」
世代交代をしながら先祖返りを繰り返す人々の話。
「<どいつ>や<こいつ>はどうしたの?」「やめたのよ」の場面が非常に好きでした。責めるものではないところがいい。


アンソロジーは読んだことのない作家さんの作品に出会いやすいのがありがたいですね。今回の文学フリマは人が多くてあまりじっくり見る元気がなく、読んだことのないサークルさんをちゃんと見られなかったことを悔やんでいます。知ってるところばかりに行ってしまうと知ってる作家の作品ばかり読んでしまうことになる。そういう意味で、アンソロジーは非常にありがたいです。
バゴプラさんから刊行予定の大阪/京都SFアンソロジーも買うつもりです。今後も楽しみにしています!