好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

大森望・編『ベストSF 2020』を読みました

べストSF2020 (竹書房文庫)

べストSF2020 (竹書房文庫)

  • 発売日: 2020/07/30
  • メディア: 文庫

創元SF文庫から毎年刊行されていた『年刊日本SF傑作選』が2019年、全12巻で幕を閉じました。
そして本書が、その後継となるシリーズの第一巻です。ベストSFとして収められているのは日本SFの短編たち、全11作。タイトルは2020とついていますが、収録されているのは2019年に発表された作品群です。
そしてそう、竹書房! ここ数年、良質な翻訳SFを多数出し、SF界で注目を集めている竹書房からの刊行なのです。麻雀だけではないのだ!『シオンズ・フィクション』、買いますね。

『年刊日本SF傑作選』は日下三蔵大森望の共編でしたが、ベスト日本SFの編纂は大森望一人です。

 創元版は、編者が二人ということでバラエティに富んだ内容になった反面、巻を追うごとに、年間ベスト短編を集めるという当初のコンセプトからは少しずつずれていった感は否めない。そこで、新たにスタートする竹書房文庫《ベスト日本SF》に関しては、初心に戻って、”一年間のベスト短編を十本前後選ぶ”という基本方針を立てた。作品の長さや個人短編集収録の有無などの事情は斟酌せず、とにかく大森がベストだと思うものを候補に挙げ、最終的に、各版元および著者から許諾が得られた十一編をこの『ベストSF2020』に収録している。(P.7-8、序)

私はSFマガジン読んでない人なので(連載小説が苦手)、名前は知ってるけど読んだことない作家というのが結構います。なので一冊でいろいろ読めるアンソロジーは非常にありがたい。ぜひ続けていただきたいです!
そして何がベストかというのは人によって違うので、大森望的ベストはこれなのか!私ならこっちを入れるね!などと張り合って楽しむという方法もあります。もっとも、大森望的ベストのひとつはここには収録されていないようですが…

十一編の内訳は以下の通りです。

円城塔    『歌束』
岸本佐知子  『年金生活
オキシタケヒコ『平林君と魚の裔』
草上仁    『トビンメの木陰』
高山羽根子  『あざらしが丘』
片瀬二郎   『ミサイルマン
石川宗生   『恥辱』
空木春宵   『地獄を縫い取る』
草野原々   『断φ圧縮』
陸秋槎    『色のない緑』 稲村文吾・訳
飛浩隆    『鎭子』

ちなみにこの中で私が初めて読んだ作家さんはオキシタケヒコ高山羽根子、片瀬二郎、石川宗生、空木春宵です。『年金生活』『トビンメの木陰』『色のない緑』は一度読んだことがありましたが、もう一度読み返して楽しみました。
なお『色のない緑』は中国語で書かれたものの翻訳ですが、日本の百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』のために書き下ろされた作品という経緯があるため日本SFに入れたとのこと。そりゃまぁ、そうだな。しかもこれ、めっちゃ良いですもんね。
面白いのは、SF媒体ではないところに発表された作品がいくつか収録されていること。岸本佐知子の『年金生活』は短文アンソロジー『特別ではない一日』のために書き下ろされたものだし、円城塔の『歌束』は雑誌『新潮』、飛浩隆の『鎭子』は雑誌『文藝』が初出です。やっぱりSFというのは文学ジャンルではなくストーリー要素なんだな。

どれも面白かったんですが、円城塔びいきの私はやはり『歌束』については少し語っておきたい。いやぁ、とっても円城塔でした。ニヤニヤしながら読んでいた。歌に湯を通す雅な遊びにうつつを抜かす人たちの話です。『プロローグ』も読み返したいなぁ。

 歌を溶かして、また拾う。基本はただそれだけである。たとえば、

  からころもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ

 の歌を水に浸けて観察すると、「からころも」「きつつなれにし」「つましあれば」「はるばるきぬる」「たびをしぞおもふ」と分解していく様子が見えてくる。引き続き「からころも」を眺めていれば、これは「か」「ら」「こ」「ろ」「も」へと細かに分かれ、さらに「か」は「か」「か」「か」というように幾葉にもはがれ漂い、雲母のようにきらめきながら水底へ沈んでいくこととなる。これらを集めて整理すると、「あおかきこしぞたつなにぬはばびふまもらるれろを」といった二十三成分が得られることになるわけである。これを様々加工して、ひとまとまりに固めるのだが、遊戯であるから、生のまま饗してもよし、数年の熟成を経るのも自由である。(P.12、『歌束』)

そんな話です。
円城塔のどこかマッドサイエンティスト的なところがたまらなく好きです。言葉や文字に対して、研究対象に向けるような愛を感じる。冷静にしれっととんでもないこと語り出すし。最高だ……。

あと初めて読んだオキシタケヒコの『平林君と魚の裔』も好みでした。これぞSF! って感じ。《汎銀河通商網》や、金がモノ言う世界での戦争という世界設定もワクワクするし、異なる形態の異星生物のデザインと理論が非常に良かった。あの戦争の感じも、川上稔のノリを思い出してテンション上がりました。ラストもうまくまとめてくるなぁ。うまいなぁ。

石川宗生の『恥辱』も好きだったな。『ホテル・アルカディア』、買いますね。ちなみに作品ごとに作品紹介と著者紹介が書かれているのですが、石川宗生の他の作品も非常に面白そうで、これはお気に入り作家になりそうな予感。達筆な雰囲気の文体も好きなので、要チェックですね。

あと草野原々『断φ圧縮』もすごく面白かった。原々は短編をいくつかしか読んだことないのですが、いつも真面目な理論をベースにして突き抜けたこと書いてくるところが好きです。

 これは描写である。この文章により、あなたは何が起こっているのかをあますことなく知ることができる。
 二人の人間がいる。一方は医師であり、完全に正気である。一方はあなたひとりであり、完全に狂っている。
 なぜ狂っているのかを、ベイズ主義的に説明しよう。(後略)(P.280、『断φ圧縮』)

この語り口が好きだ。「あなたひとり」「あなたたくさん」というのがツボでした。繰り出してくるギミックがとってもSFなのも良い。

他の作品も面白かったのですが、長くなってしまったのでこの辺で…
いやしかし、楽しい読書時間でした。2019年は特に豊作だったから、選ぶのも大変だったことでしょう。来年以降もぜひお願いしますね。ちゃんと買いますから。