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劉慈欣『三体II 黒暗森林』を読みました

三体Ⅱ 黒暗森林 上

三体Ⅱ 黒暗森林 上

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: 単行本
三体II 黒暗森林 下

三体II 黒暗森林 下

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: 単行本

単行本SFとして驚異的なヒットを放ったと噂の『三体』の続編をさっそく読みました!一年待ってた!!
続編は、迫りくる三体艦隊に対して人類はいかにして対抗するのか!?という話です。単行本で上下分冊のボリュームですが、めちゃくちゃ面白かったので手が止まらず、ほぼ一気読みのような状態でした。分冊になると持ち歩きもしやすくてよいですね。装画は前作と同じく富安健一郎さん。今回は寒色カバーでカッコイイ。帯にも気合が入っていて、早川書房の力の入れようがうかがえる。

SF界では「待ってました!」な感じではあるのですが、一般的には前作に比べると少し売り方がおとなしくなった感じ?去年の秋には著者来日などで電車広告も打ってましたが、今回は前回ほどのメディア露出ってあまり見ない気がする。単純に私が知らないだけかもしれませんが。テレワークで電車乗らなくなったので、電車広告してるのかどうかも分からない…一年経つとどうしても印象が薄れてしまうのかなぁ。

しかし、率直に言うと、前作よりはるかに面白かったです。なのでぜひもっと売れてほしい。前作読んで「うーん…」って感じだった人にも読んでほしいし、前作読んでない人にも読んでほしい。前作は量子物理学とかの話が結構出てきていたのでそういう単語に恐怖心を覚えて敬遠していた人がいたかもしれませんが、今回はもっとソフト的な面が大きくなっているので、物理学怖い人でも楽しめるはず…です。全然出てこないわけではないですが。
特に偉い人に読んでほしいですね。金をつぎ込めば技術は発展するんだってことをぜひ認識していただきたい。一点集中も程度の問題はあるけど、少なくとも技術に対する投資については戦略的に「糸目をつけない」がブレイクスルーを呼び込むと思います。ぜひ。

なお今作は前作と訳者が一部変わっていますが、大森望と立原透耶が引き続き担当しているので、違和感はありませんでした。なんで変わったのかはちょっと気になるところですが、なんか触れちゃいけない気がするのでそっとしておこう。平和な引継ぎだと良いなぁ…。

これ以上は何言ってもネタバレになりうるので、続き隠します。


ここからはネタバレを含む可能性があります。注意!

…ということで、三体IIです。何が面白いって、面壁者システムと精神刻印、猜疑連鎖にわくわくしっぱなしでした。心理サスペンスの要素が入ってきてぐぐっと面白くなった印象。三体人にはできない駆け引きってやつを、人類は楽しむことさえできるのだ。

しかし小説としての良さにはやっぱり劉慈欣の描写力があると思う。冒頭からしてめっちゃ良い。

 大頭蟻は、かつてここが故郷だったことをすっかり忘れてしまっていた。夕陽に染まる大地と空に瞬きはじめた星々にとって、そのあいだに経過した時間などゼロに等しかったが、しかし、蟻にとっては永遠にも等しかった。忘れ去られた日々に、蟻の世界はひっくり返った。
(中略)
 故郷だった場所にそそり立つ黒い峰のふもとまでやってきた蟻は、天を衝くその巨大な存在を触角で探った。表面は硬く、つるつるしていたが、なんとか登れそうだった。そこで蟻は、ただ上を目指して登りはじめた。なにか目的があったわけではなく、その単純な神経回路にランダムな乱れが生じただけのことだった。そうした乱れは、この世界のあらゆるところにある。地上の草の一本一本に、草の葉についた露のひと粒ひと粒に、空の雲のひとつひとつと、その彼方にある星々のひとつひとつに。乱れにはなんの目的もないが、莫大な量の無目的な乱れが集まると、そこに目的が生じる。(P.7-8)

SFマガジン2020年6月号で、立原透耶さんが「劉慈欣のミクロ・マクロ視点」みたいな話をしていたのは、きっとこれを意識していたのでしょうね。1巻を読んだときにも感じたことですが、劉慈欣の文章は映像的で、カメラをぐっと寄せたり、あるいは引いたりするようなテクニックを使うのが上手い印象です。映画世代だからかな。SF作家は宇宙スパンでそれをやるから余計ダイナミックになる。

史強が引き続き登場したのは嬉しかった。すっかり頼れるアニキキャラになっていましたね。でも私が一番好きなのは章北海です。最期まで格好良すぎではないか。
私は2巻を読む前に三体の映画化した話をちらっと聞いていたので、どこかのタイミングで誰かが恒星間航行をするだろうことは知っていました。こういう形で実現させたのか…精神刻印というのもとても面白かったけれど、それに依らない章北海がやっぱり格好いいですね。ETOさえも感嘆するクールさ!

あと物語ラストの羅輯VS三体の戦いも盛り上がったけれど、<自然選択>でのトップ3の超高速会議が一番手に汗握りました。燃料。燃料。燃料。あの表記がすごく良かった。緊張感が素晴らしい。

しかし大峡谷後の人類はちょっと油断しすぎではないか。いくら何でも全艦を一か所に集めるなんて迂闊すぎるよ、というのはどうしても突っ込みたかった。
他に気に入らなかった点としては荘顔があまりにも簡単に羅輯に好意を示すところですが、荘顔という存在がそういうものだから仕方ないということでお茶を濁して読み進めました。でも水墨画は良いものですよね。

面壁者のなかでは原子力エネルギー専攻のベネズエラ大統領がお気に入りでした。「だから核爆弾が好きなんだ。好感を抱いている」という部分の表現がツボだった。「好感を抱いている」、敢えて直訳っぽいのが良い。
面壁者のセレクトは時代を反映していそうで面白いですね。ベネズエラ大統領、米国国防長官、イギリスの科学者、中国の大学教授。著者経歴によれば、三体は2006年から連載開始したとのこと。ふーん…30年くらいしたらこのメンバも古いなと感じることになるだろうか。イギリスの科学者あたりが入れ代わりそうな気も…

物語のキーになっている猜疑連鎖とか、「それが面壁者の仕事でないと、どうしてわかる?」に代表される人類苦肉の対三体戦法とか、物語冒頭の三体人とエヴァンズの会話とか、話そうと思えばいくらでも面白いところはあるのですが、正直手に負えないのでここまでにしておきます。
1巻の終わりと比べてもかなりいい感じで話がまとまっているのに、まだ続くの?次どうするんだ?暗い森を彷徨う艦隊を追いかけるのか、三体人と共生する人類を描くのか。

また来年に出るらしい最終巻を楽しみに待ってます。