好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

アリス・テイラー『窓辺のキャンドル アイルランドのクリスマス節』(高橋歩 訳)を読みました

アイルランドの人気作家であるアリス・テイラー、初めて読みました。2019年の神保町まつりで手に入れたのですが、去年は読みそびれていて、今年ようやく読んだのです。
とはいえ実は、次にどれを読もうか、そろそろ寒くなって来たから冬の本を、と思って本棚を漁っていたときに、この本がちょうど目に入ったのでした。そうだ12月だしぴったりだ、と思って目次を開いたら、全部で十八章に分かれています。
奇しくも本を手に取ったのが12月7日。そこで閃いちゃったのだ。これ、今日から一日一章ずつ読み進めれば、ちょうどクリスマスに読み終わるのでは? アドベントカレンダーならぬアドベントブックとして楽しめるのでは??

というわけでアドベントな18日間が始まったのでした。途中1日だけ読めない日がありましたが、毎日寝る前に一章ずつ読むという贅沢な日々を過ごし、12月25日に読み終わりました。今年唯一といっていいくらいのクリスマスっぽいイベントでした。とっても楽しかった。

著者のアリス・テイラーはアイルランド南西部の農場で育った女性で、結婚後はゲストハウスと営んでいたとのこと。この本では子供のころのクリスマスの思い出、そして年を経た現在のクリスマスの過ごし方が書かれています。クリスマスの飾りつけなど、お年を召した現在でも毎日積極的に楽しんでいて、いいなぁ、こういう風に年を取りたいものだ。
アイルランドで刊行されたのが2017年、日本語版刊行が2018年なので、かなりスピーディーに訳してくれています。ありがとう未知谷……版元が未知谷ってだけで内容に安心感がある。それぞれの章に数ページずつ、ページをまるまる使って挟まれている写真も素敵だ。写真がカラーではないのが、文章の落ち着いた雰囲気に合っていて良いですね。

どの章も視点が優しく丁寧でほんわかした気持ちになるのですが、やっぱり食いしん坊なのでご馳走作りの章がとても楽しかった。何か焼きたくなって、おもわず小麦粉を買ってきてしまったくらい。
著者は10代の頃、修道院に1年間、料理の修行に通っていました。そこでの料理の基本的な技術と、シーズンメニューとしてクリスマスケーキ、ミンスミート、クリスマスプディングの作り方を習います。文章の合間に挟まれる写真がとても美味しそうでお腹が空いてくる……。親切にも分量とレシピも書かれているのですが、本当に大事なのは以下の部分でしょう。

 台所仕事がちゃんとできるというのは、失敗作をダイニングルームのテーブルの上でおいしそうなご馳走に見せることができるかどうかということなのです、というのがベニーの教えでした。ベニーのために申し上げると、彼女はこの教えを実践していて、一年中、私たちの黒焦げ料理を救済し、修復の方法を教えてくれました。すると、ダイニングルームに運ばれてきたときには、ご馳走とはいえなくても、食べることのできるくらいに回復しているのでした。(P.50「第四章 ケーキとプディングとパイと」)

その通り!! まぁこの後、しかしケーキだけは完璧でなければ許されなかった、と続くのですが。
上記の第四章は事前に準備しておく料理の章ですが、第十六章「クリスマスイヴ」には当日の食卓について書かれていて、こっちも美味しそうでした。今でこそ七面鳥の丸焼きを食べるけど、昔の農場ではガチョウの丸焼きが定番のご馳走だったとか。詰め物はやはりジャガイモだったらしい。現代のアリス・テイラーは「アガ社製ガスレンジ」が大活躍していますが、子供のころの農場では調理用煖炉と言うのがあったようです。「自在かぎをスライドして鍋を火から下ろし(P.199)」という描写が度々出てきて、そこからイメージされる風景にわくわくする。寒そうだ、けど、暖かそう。

クリスマス飾り、ツリーの調達、キャンドルの点火、ご馳走の用意……読んでいると、キリスト教圏のクリスマスって、やっぱり日本人にとっての正月と似たような精神状態なんだろうなぁという気がしてくる。この本を読んでいて出てくるのはキリスト誕生の馬小屋飾りや、プティングやガチョウの丸焼きなんだけど、それを迎える心持ちや気分の高揚感はやっぱり正月だ。お飾りを用意して餅を仕込んでおせちを作るのと同じだ。
特にアイルランド人は生きるために国を出る人が多くいたけど、そんな彼らが帰ってくるのがクリスマスだというのがぐっときました。盆と正月には帰ってくるのと似た感じか。そういう皆が集まる行事こそ、人の不在を痛烈に感じるのだろう。でも不在の人を思い出すものがその空間にあると、その不在ともちょっと寄り添えるような気持になるものだ。

 リースは、大好きな姉エレンからもらったものです。姉は、数年前のクリスマス直前にがんで亡くなるまで、一年の大部分をカナダで過ごし、クリスマスになると、度々アイルランドに戻ってきて、わが家で過ごしていました。だからこのリースを飾るのは、待降節を祝うと同時に、姉を思い出すためでもあります。(P.186「第十五章 神聖な懸け橋」)


今年のクリスマス、特にイブと当日は仕事が佳境だったので、ケーキもチキンも食べなかったし、サンタさんも来ませんでした。けどこの本のおかげで、寝る前のひとときにクリスマス気分を味わうことができました。来年は家でなにか飾りつけでもしようかな。
そしてアリス・テイラーの他のエッセイも読もうと思います。楽しんで生きるって大事なことだ。