好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

「2022年の『ユリシーズ』」の読書会(第九回:第九挿話)に参加しました

www.stephens-workshop.com

毎度お馴染みとなってきましたが、「2022年の『ユリシーズ』」の読書会、第九回に参加しました。2020年12月6日午後にzoomにて開催されたものです。

2019年に始まったこの読書会は『ユリシーズ』刊行100周年である2022年まで、3年かけて『ユリシーズ』を読んでいこうという壮大な企画で、ジェイムズ・ジョイスの研究者である南谷奉良さん、小林広直さん、平繁佳織さんの3名が主催されているものです(平繁さんは今回お休みでした)。
2022年6月16日もだんだん近づいてきましたね。『ユリシーズ』は全十八挿話なので、これで半分、ということになります。おお、感慨深い……のだけれど、ページ数としては全然半分じゃないことに私は気付かされてしまったのでした。まだ三分の一も行ってなさそう。でもそこは見なかったことにする。誰が何と言おうと、これで半分です!!

第九挿話「スキュレーとカリュプデイス」は再びスティーヴン回でした。第八挿話の終わりにブルーム氏が向かった国立図書館で、シェイクスピア論を披露していた。そして久々のマリガン登場、さらにブルーム氏とスティーヴンがついにすれ違う! やっと! しかしまだ言葉は交わさない。

第八挿話の読書会で予習不十分で臨んだ際に非常に後悔したので、真面目なわたくしは今回、早めの予習を心掛けました。個人的な趣味でガブラー版ユリシーズと柳瀬訳ユリシーズをwordでタイプする(通称「写経」)というのをやっているのですが、第九挿話はこれまでのどの挿話よりも長くて大変でした。しかも楽譜まで出てきたときにはちょっと固まった。
しかし結果的に早めに仕上がって、余裕をもって読書会に臨めたのはとてもよかった。これからも早め早めにしよう。写経するとしないとでは、頭への入り具合がやっぱり違う。

f:id:kino_keno:20201216170745j:plain
第九挿話の写経。頑張ったので自慢する。

読書会前にひとりで読んでいた時には、図書館で会話している人のカウント方法の謎(三人いるはずなのに「二人残った」とは?)、アイルランド文学者の集まりがあるのに招待されないスティーヴン可哀そうとか(医学生が呼ばれているのに!)、ベスト氏の「don't you know」が鬱陶しいなとか、マリガン要素が久しぶりに入ると楽しくていいなとか、そういうところが気になっていました。

そう、真面目なシェイクスピア談義の部屋にマリガンが登場したときはにやりとしました。登場シーンからして華々しくっていいなぁ、マリガン。第一挿話でやかましい奴だと思っていたけど、今はその傲岸不遜な態度が嬉しくなる。すべて笑い飛ばしてくれ。

――正体不明の脊髄動物のことをしゃべっていたようだが、違うか?(P.337)

あとマリガンが電報片手に、シップで待ちぼうけを食わされたことでスティーヴンに文句を言う場面がとても好きです。柳瀬訳のアイルランド訛が良い。

――言っとくけどよ、お兄ちゃん、めためた待ちこがれたんだぜおれらは、ヘインズとおいらはよ、そこへこいつが届きやがった。(P.340)

マリガンいいじゃん、って思うようになってきたのですが、スティーヴンの恨み節が凄いんだよな。なんなんだろうこの二人は……謎のクランリーに対するスティーヴンの確執も気になるけれど。マリガンとスティーヴンは、お互いに相手をちょっと見下しながら友達してるのだろうか。

なおスティーヴンが披露するシェイクスピア論には「小説を読むときに著者のバックボーンに触れるべきか問題」が出てくる。ラッセル大先生は作品がすべてを語るっていうけど、私はやっぱりスティーヴン派だな。人間が書くものだから、どんな脳みそが生み出したのかということは、読解のヒントとして研究対象になるだろう。

……などということに興味を募らせつつ読書会に臨み、主催者の解説と参加者の方々の指摘にノックアウトされました。毎回思うけど、私は一体何を読んでいたのか……そこスルーしちゃ楽しさ半減だったんじゃん、というのがいろいろありました。他の挿話との絡みも面白い。
主催者発表については資料が読書会ホームページにアップされると思うので詳しくはそちらをご覧下さい。テーマは大きく二つ、「真理は中庸にあり」と「アレンジャーの存在」です。

「真理は中庸にあり」というのは、小林さんの発表より。そういえば第九章は真ん中の章なわけですが、ここで『ユリシーズ』作品の本質が示されていると。「幽霊(ghost)」という言葉の奥深さと、「議論は既に始まっている」という指摘にぞくっとしました。加えて楽園と原罪、己自身に出会うというキーワードも大事なところですよね。うーん、多層構造の極みだ。ハムレット論はユリシーズ論でもあって、デッダラス家ともブルーム家とも、ジェイムズ・ジョイスさえとも繋がるんだ。うわぁ、最高。

さらに南谷さんの発表で出てきた「アレンジャー」というのは、第九挿話で登場人物の名前をいじって回っている謎の存在のことです。ジョイス業界では有名らしい。エグリントンとかめちゃくちゃいじられているけど、これは「アレンジャー」の仕業なのだとか。なんだそれ!! 『ユリシーズ』はメタ小説だったのか!
でも正直なところ、一読者である私としては、まだその存在に懐疑的である。えー、だってあれ、スティーヴンが心の中でやってるんじゃないの? 英語の論文引っ張り出されても、私はまだ信じないぞ。(しかし第十挿話を読み始めると、早くもアレンジャーらしき存在がやたら出張ってきていて戸惑っている。いやでも私はまだ信じないぞ!)

なお読書会のホームページにはこれまでの読書会で使用された資料なども公開されています。そして次回の第十挿話は2021年2月21日開催、1月23日夜から予約開始とのことです。
途中の挿話から初めて参加しますという方でも問題ない形式になってますので、興味のある方は一度参加してみることをお勧めします。発言強制されたりしないので大丈夫です。そして発言したい人は発言する機会もありますので、やっぱり大丈夫です!
次回も楽しみだ。