好物日記

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『銀河英雄伝説列伝1 晴れあがる銀河』を読みました

銀河英雄伝説(以下、銀英伝)の新刊が出ると知ったのはTwitter上でした。それは公式トリビュートであり、小川一水藤井太洋が銀英伝ワールドを書くとの告知でした。それを知って狂喜し、発売日を首を長くして待っていましたのですが、ついに! 2020年10月の創元SF文庫の新刊として本書が刊行されたのでした。万歳!
なお本ブログ記事では銀英伝的世界観や登場人物の紹介は割愛しています。シリーズ未読の方はなんのこっちゃわからないかもしれませんが、あらかじめご了承ください。

一応言っておくと、私は銀英伝のリアルタイム世代ではありません。ただ学生時代の図書室にノベルス版が全巻揃っていて(良い図書室であった)、創竜伝も銀英伝薬師寺涼子シリーズもその時に一通り読んだのでした。
田中作品の中でも特に銀英伝が好みで、夢中で読んでいたのが懐かしい。のちに星野之宣のカバーイラストで創元SF文庫から新装版が出た時には、その表紙の格好良さに惚れ惚れしてせっせと買い集めました。アニメは観たことがないのですが、フジリューのコミック版はちょっと手を出してます。
そんな銀英伝が! 今この時代の作家の手でトリビュート作品として刊行されるとなったら、買わないわけがないのです。読まずにはいられないのです。

そんなわけでようやく本書の話にたどり着く。しかしタイトルに「1」とついている喜び! 続くんですよね。めっちゃ楽しみ。
記念すべき列伝第1巻の参加作家・作品・大まかな内容は以下の通り(掲載順)。

小川一水竜神滝の皇帝陛下』:ラインハルトの新婚旅行話
石持浅海士官学校生の恋』:ヤン・ウェンリー士官学校時代の話
小前亮『ティエリー・ボナール最後の戦い』:同盟軍視点の艦隊戦
太田忠司『レナーテは語る』:オーベルシュタインを上司にもつ女性兵士の話
高島雄哉『星たちの舞台』:ヤン・ウェンリー士官学校時代の話
藤井太洋『晴れあがる銀河』:帝国歴2年の時代の話

うーん、改めて眺めても豪華な執筆陣だ。初めて読んだ作家さんもいるし、ずっと好きな作家さんもいる。内容は帝国側・同盟側や登場人物などでうまくバランスを取れるよう調整した(早いもの順かも)らしいです。

私はもともと小川一水ファンなので、ラインナップの中でも特に、小川一水が銀英伝でどんな話を書くのかずっと楽しみにしていました。読んでみるとどう見ても小川一水の小説なのにちゃんと銀英伝してて最高だった。『列伝』開幕1作目にこれを持ってくるところがニクイな。すっかりノックダウンされました。艦隊戦をしないラインハルトはちょっとかわいい。そう、こういうのを待ってたの……!!
なんていうか、公式カップリングに忠実な質の高い同人作品みたいな感じですごく楽しかったです。小説としての完成度が高いのは「プロ作家だから」といわれればそりゃそうなんだけど、その保証された筆力で銀英伝ワールドを書いてくれるっていうのがね、ファンにはたまらないんですよ! わかりますか、この喜びが!! いかん、もうただの嬉しい悲鳴にしかならない。ちょっと落ち着こう。

学生時代に銀英伝を読んでいた時には、私は断然ヤン・ウェンリー派でした。というか今も好きですけど。とある集まりで「小説・映画・漫画・アニメなどで一番好みの男性・女性は誰か」という話で盛り上がったときに「男性ならヤン・ウェンリー」と断言したくらいにはヤン・ウェンリーが好きです。(ちなみに女性なら『マルドゥック・スクランブル』のベル・ウィングです。超格好いい。)
しかし社会人になって銀英伝を読むと、ラインハルトの良さが分ってくるなぁ。ラインハルト、いつの間にか彼より私の方が歳が上になってしまったけれど、ビジネス視点で見ると普通にいい上司なんですよね。そりゃあ優秀な臣下が集まるはずだ。
例えばヤン・ウェンリーが上司の場合、部下は「自分がしっかりしなきゃ……!」と思ってよく育つ。一方、ラインハルトが上司だと「正当に評価してくれるからしっかりやろう……!」という方向でよく育つのだろうと思われる。目に見えるようだ。私はラインハルト的上司にはなれなさそうだけども(ではヤン・ウェンリー的上司になれるのかというとそれも怪しいけれど)。ビジネス視点で見るようになった銀英伝がすごく面白い。社会が見えてくると「いるわこういう奴……」みたいなことがしばしばあるっていうのがわかるからだな。それも銀英伝の魅力なんだろう。

そういう視点でも楽しめるのが『ティエリー・ボナール最後の戦い』でした。ベテラン中将の元に配属されたタイプの違う二人の少将。どちらも優秀なんだけど、仕事のやり方が違うのが面白い。そして自分が銀英伝を読むときの視点が変わったのも感じられて味わい深い。学生時代は無能な上官に当てられる兵士の悲哀をわかってなかったよなぁ。世の中にはいかに無駄な仕事が溢れているかなんて、知らなかったものなぁ。
『レナーテは語る』はオーベルシュタインの部下の話だけれど、これはこれでまた苦労しそうな上司だと思う。オーベルシュタインって仕事ができるのはそりゃその通りなんだろうけど、部下が苦労するタイプだろう。ラインハルト的な「よく見てくれてる」系上司になる素質はあるのに、圧倒的にディスコミュニケーションすぎて評価が伝わってなさそう。でもオーベルシュタイン人気あるのはわかる(キャラクタとしては)。
今後の『列伝』ではきっとその他の帝国軍側近たちも出てくるって期待しています。

そして若干ギスギスしたビジネス的な兵士の話とは別に、ヤン・ウェンリーの学生時代を描いた作品も2つあります。ほのぼのと恋をするだけでは終わらないけれど、軍属とは違う空気感が新鮮だ。モラトリアムしてる。キャゼルヌが出ていて嬉しかったです。彼も同じ職場に居たら心強いタイプだ(ビジネス視点)。

他の作品とちょっと視点が違うのが巻末でトリを飾る『晴れあがる銀河』なのですが、これはほんと藤井太洋さすがでした。気持ちいいくらいにSFだし、しっかりと銀英伝だった。帝国歴2年ってまだ同盟側というのが存在しない時代なのですが、不穏な未来の足音が現代にも通じるあたりやっぱり藤井太洋の小説だ。トリビュート作品って、世界観は共通していても、作家の個性も一緒に浮かび上がってくるところが面白いですね。
しかし藤井太洋はやっぱり巧いなぁ、いいなぁ。

『列伝』2も楽しみにしています。すごく面白かったです。ありがとう東京創元社!!