好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

「2022年の『ユリシーズ』」の読書会(第六回:第六挿話)に参加しました

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オンラインで開催された「2022年の『ユリシーズ』」の読書会に参加しました。(もはや「行ってきました」ではなくなりました)

この読書会は『ユリシーズ』刊行100周年である2022年まで、3年かけて『ユリシーズ』を読んでいこうという壮大な企画で、ジェイムズ・ジョイスの研究者である南谷奉良さん、小林広直さん、平繁佳織さんの3名が主催されているものです。
でも専門家の講義を聴くというスタイルではなく、生活者の目線で一緒に読んでいきましょうと誘ってくれているのがこの会の独特なところ。なんのヒントもなしに『ユリシーズ』を読み切るのは正直かなりしんどそうですが、皆で一緒に読んでいくのは楽しいです。毎回なにかしら「えええー!」というところがある。

今回は第六挿話「ハーデス」が範囲でした。『ユリシーズ』では、ブルーム氏がディグナムの葬式に参列するところ。これまでで一番長い挿話だった。そしてとてもたくさんの人が出てくる……。ジョイスが何の説明もなく人名をぽんぽん出してくるのはもう知っていたけど、それでもちょっと多すぎませんかね。お互いの関係性が良くわからないままどんどん話が進んで行く。この後読み進めれば明らかになるのだろうか。しかし第一挿話で出てきた「クランリーの腕」についてはこの後『ユリシーズ』では何の説明もないらしいと聞いたので、特に説明のないまま終わる人もいるんだろうなぁと思って半分諦めています。説明しすぎると流れがブツブツ切れてしまうしな。

ただ、サイモンのジョークや意味ありげな仕草が全然わからなかったのは消化不良な感じ。確かにジョークって解説するとシラケるものですが、当時の読者はあれらを読んで、特に何の疑問もなく笑ったり察したりしていたんだろうか……って正直毎回思っている。

――コーニーのやつ、もっとゆったりしたのを回してよこしてもよかったろうに、パワー氏が言った。
――そうだとも、と、デッダラス氏が応じる。ただし、やっこさんにあの眇(すがめ)って病(やまい)がなけりゃだがね。わたしの言う意味は分るだろう?
 そして左の目をつむってみせる。(P.159)

いや分らんわ! ……というのが正解で良い気がする、ここは。だってコーニーなんてここで初めて出てきましたよ。誰それってなるじゃん……。
でももしかしたら「眇」という言葉に含まれる裏の意味みたいなのがあるのか? 当時の人は(あるいは現代でも、選ばれし読者なら)このくだりを読んで察するところがあるものなの? ていうかジョイスってなんでそういうことするの??
ちなみにこの後、馬車の座席にパン屑が落ちているのに一行が気づく場面があるのですが、馬車の中で性的な行為に及んだことを示しているという説があるらしく、それが今回一番の衝撃でした。どんな読み方したらそんな説にたどり着くんだろう。ジョイス研究者って怖い。

ちなみに今回の挿話で一番好きだったのは、馬車の中で散々辛辣な言葉を口にしていたサイモン・デッダラスが、墓地で奥さんのお墓の近くを通ったときにちょっとすすり泣くところです。あ、そうなの、サイモン、そんなふうになっちゃうの!? というのが良い意味で衝撃的で。馬車の中で散々いろんな人の悪口言っていたことを考えると、遠くから見ているだけにしておきたい人ではあるのですが、もしかしたらサイモンのあの罵詈雑言は自分を守るシールドなのかもしれない。先手必勝で傷つけられる前に切りつけにいくような、そんな人のような気もしました。

でもやっぱり善人といえばマーティン・カニンガムですよね。この人がいなかったら、馬車の中がどれだけギスギスした雰囲気になっていたことか!! 毎回フルネームで「マーティン・カニンガム」って書かれるのが何故なのかは気になりますが。ブルーム氏がずっと「ブルーム氏」なのも気にはなるけど、サイモン・デッダラスも「デッダラス氏」だし……でもマッコイはマッコイだった。何か違うんだろうか。

話がちょっと戻りますが、今回の挿話で同じ馬車だった4人(ブルーム氏、マーティン・カニンガム、デッダラス氏、パワー氏)について、互いの呼び名のマトリクス表を作ってまで関係把握に努めようとしたのですが、全体的な情報量が少なすぎて結局よくわからなかったです。馬車内の席順から推察できないかとかも気になったのですが、軽く調べただけでは無理だった。乗車マナーというか、上座下座みたいな考え方があるんじゃないかと思ったのですが。
というかそもそも、彼らはもうこの後には姿を見せないかもしれない。マッキントッシュ氏もここだけの謎らしいし(それもそれで何なの!? って感じだ。ジョイスめ……)。

ちなみに今回、Google Mapを開きながら墓地へ行くまでの馬車ルートを推測していたのですが、読書会で平繁さんが想定される馬車ルートを発表してくれて答え合わせができたのが嬉しかったです。だいたい推測通りでした! とある店と同じ名前の店が地図に表示されるのを確認してしまい、あ、ここにもジョイスの足跡が……という気分になりました。本当に残っているんだな。

なおこの読書会では挿話ごとの「言葉の地図」というのを作っていて、読書会中に気になるトピックを出し合う時間が設けられています。第六挿話は分量も長いし、一つのトピックで盛り上がったりしたので、全部を出し尽くすのはやっぱり難しかったですね。馬車の中の出来事に気を取られると墓地での出来事にあまり時間を割けなかったり……でも一つのトピックを深く深く掘り下げて、結果的に広がっていくのは楽しい。きっと、あと3時間くらいあっても時間足りないって思うだろう。

今回の読書会の「言葉の地図」その他の資料は、以下のページにアップされるはずです。興味のある方はぜひチェックしてみてください。

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以下、『ユリシーズ』とはあまり関係ないおまけです。


この読書会では、テーマに沿った本をお互いに紹介しあう「Wandering Books」という企画があります。読書会後の懇親会(オンラインではzoom飲み会)で発表し合うのですが、意外と被らないのが面白い。今回は「印象的な死」「忘れがたい死」が描かれている作品、というのがテーマでした。事前に匿名アンケートで送信したのですが、懇親会に最後までいられず自分が送った本について語れなかったのが心残りなので、答え合わせがてら私が推挙した本をここで公表しておきます。

ジュリアン・バーンズ、めっちゃ良いです。しかも訳が土屋さんなのが最高です。『私は何かしている妻が恋しく、何もしていない妻が恋しい。』という帯だけで、もうぐっとくる……。

さて、次の第七挿話もなかなかの長さのようなので、早めに予習に取りかかろう。