好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

文楽「鑓の権三重帷子」を観てきました

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久々の文楽公演に行ってきました。再開してくれてよかった!
コロナ対応で1席ずつ空けての座席設定となっていて、舞台が見やすくてありがたかった。そして以前なら一日に二部か三部でやるものを四部にわけて、一部ごとの公演時間が短くなりました。休憩も無し。その分以前よりも一回分のお値段は安くなりましたが、公演時間と対比すると実質的な値上げになります。とはいえこの間引き具合では致し方あるまいと思うので、文句はないです。しばらくお休みだったし、厳しいだろうな……今後もなるべく観に行こう。


今回鑑賞したのは第二部の「鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)」です。目当ては咲太夫さん&燕三さんコンビの切場。咲太夫さんは微熱の症状があったとのことで、大事を取って公演前半はお休みされていたのですが、14日から無事に復帰されていたため無事に聴くことができました。大事なくて良かった。しゃんと背筋を伸ばして語ってらっしゃいました。

「鑓の権三~」は初めて見る演目だったのですが、ラストがものすごく良くて、後で調べたら近松門左衛門の作品だった。ほんともう、近松は凄いんだよな……。本作は近松三姦通物のひとつとして有名らしく、映画化もしているのだとか。
今回の公演では「浜の宮馬場の段」「浅香市之進留守宅の段」「数寄屋の段」「伏見京橋妻敵討の段」が続けて上演されましたが、本来は数寄屋の段の後に「岩木忠太兵衛屋敷の段」というのが入るらしい。

ざっとあらすじをいうと、美男で鳴らす武士の権三と茶の湯の師匠おさゐが不義密通の濡れ衣を着せられる話です。
権三というのが器量良しで武芸にも秀で、可愛い恋人までいて上司の覚えもよいという男なのですが、結構アレなんですよね……。現代の感覚を江戸時代の作品に持ち込むのはフェアじゃないんですけど、この権三、枕を交わした良家の娘さんに「話さえ通ればいつでも結婚するさ」とか言っておきながら、出世のチャンスが転がり込んだらその日のうちに別の縁談を受けてますからね!これは時代関係なく有罪でしょう。茶の湯のもてなしを務める役目を自分のものにできたら出世のチャンスという話があって、茶の湯の師匠おさゐ(年上の美人の奥さん)に秘伝の巻物を見せてほしいって頼みに行くんですけど、「でもこの巻物、一子相伝なのよね。うちの娘と結婚してくれたら私の息子になるし、一子相伝も守れるし、どう?」とか言われて、権三、頷いちゃってますからね。ちょっと、さっきお雪ちゃんと結婚の話してたじゃん!あっちの縁談どうすんの!
そして夜中に人目を忍んでこっそりとおさゐの元を訪れた権三は離れの数寄屋で秘伝の巻物を見せてもらうのですが、そこへちょうどやって来るのはこの話の悪役・伴之丞。彼はこれまでもおさゐに不義を迫って冷たくあしらわれている男であり、権三とは仕事上のライバルであり、権三の恋人である良家の娘さんの兄にあたります。伴之丞も茶の湯のお役目を狙っていて、秘伝の巻物を見せてもらおうとこっそり忍び込んできたのですが……まぁね、権三が上司の娘との結婚を取ったのもわからなくもない。恋人と結婚したらもれなくこの兄と親族になるのかと思うと……。いやしかし最初からこの兄がついてくることは分かってるんだから、ほんとにそれが嫌なら手など出さなければいいのだ。それなのに権三は将来の姑であるおさゐの元を訪れる時に、昼間に結婚の約束をした恋人・お雪から「末永くお腰元で一緒にいさせてね」とプレゼントされた家紋入りの帯を締めていて、よりによってそれを今してるの??と言わざるを得ない。もうその娘とは別れるんだったらせめて違う帯締めておいでよ…。だからおさゐに目ざとく見つけられて「その帯は誰に貰ったの!?」とか詰め寄られて庭に捨てられ、「私の帯を締めなさいよ、蛇のように腰に巻きついて離れないんだから!」とか言われちゃうんだよ。
しかしこの帯のセリフがいいですよね、さすが近松。おさゐはちょうど権三より干支一回り年上で、昼間のお雪の初心な感じとは全然違う、女の年季を感じます。娘婿といいながら器量の良いイケメンだったらちょっとぐらっと来ちゃうよね、そんなもんだよ。でも彼女はやっぱり夫と子供が大事だから不義を犯すことは無いんだけど、庭に投げ捨てられた権三とおさゐの帯を伴之丞に拾われて「不義密通の証拠だ!」と言われてしまってもうどうしようもなくなってしまう。
権三の武士人生はもう終わり、おさゐにとっても姦通は死罪。あとから疑いが晴れる可能性はあるけど、そうなると今家を留守にしているおさゐの夫・市之進の恥となる(らしい、当時の理屈では)。市之進が今後後ろ指差されずに済むには嘘でも二人が不義の汚名を被って、市之進に討たれるしかないということになるんですが、この辺の理屈は当時の理屈なのであまり深く考えないことにする。「そなたは女房」「お前は夫」「ええ忌々しい」の流れがとても良い。
そして不義の夫婦のふりをして道行をつづけた二人はとうとう伏見・京橋で二人を追ってきた市之進に見つかり、無事に討ち果たされるのでした。

「数寄屋の段」が咲太夫さんの語りだったのですが、良かったなぁ。そしてその前の「浅香市之進留守宅の段」の織太夫さんもよかった。いつもいい声してらっしゃる。
そしてぞっとするほど良かったのが最後の「伏見京橋妻敵討の段」です。通常は語りの太夫と三味線が一人ずつなんですが、太夫と三味線が大勢ずらっと並んで盆踊りの大合唱。盆踊りってもともと魂を送り出すものだけど、江戸時代ではいわゆる出会いの場になっていて、歌われているのも恋の歌です。「朝の名残りが辛ろござる」とか歌いながら男女が団扇片手に踊ったその後で、権三とおさゐという仮初の不義密通の夫婦が討たれるんですよ。これだから近松は……!!楽しげな恋に浮かれた盆踊りからの落差、お互い本意ではない道行で義務として討たれるところが、容赦ないよな近松は。だからいい。
裏切られたと信じ込んで二人を討つ市之進は、そりゃあ苦しい胸の内だろうけど、結局彼にとって一番ましな未来を二人が選んでくれたんだっていうのを最後まで知らずにいるのだ。最後まで市之進に知らせずに恥辱と汚名を引き受けて死んでいったというのが、当時も人々の心を打ったんだろうなぁ。しかしこの「どうしようもなさ」に明るくポップな盆踊りを入れてくるのが衝撃すぎて……すごかった。

2時間弱の公演でしたが、とても良かったです。公演復活してくれたのも嬉しかった。次は冬かな。また観に行こう。