好物日記

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映画『ブレンダンとケルズの秘密』を観ました

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ずっと観ようと思いながら観そびれていた『ブレンダンとケルズの秘密』を、オンラインで観ました。トム・ムーア監督のデビュー作にあたる長編アニメ映画です。

トム・ムーア監督は『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』という長編アニメ映画を映画館で観たときに初めてその存在を知りました。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はアイルランドスコットランドのセルキー伝説をもとにした話で、音楽といい映像といい神話の挿入の仕方といい、最高に好みでした。柔らかい絵本のような独特のタッチがすごく好きです。せっかくなので予告編貼っておきますね。

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で、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』ですっかりハマった私は、同じ監督の『ブレンダンとケルズの秘密』もずっと観たいと思っていたのですが、なかなか機会がなかった。
しかしついに!青山シアター主催の「EUフィルムデーズ 2020オンライン」にてラインナップに入っていたために観ることができたのでした。
なおEUフィルムデーズの開催は2020/6/12~25、中でも『ブレンダンとケルズの秘密』は6/12~16までの限定公開だったので、今はもう公開されていません。
本当は公開期間中に記事が書ければよかったんですが、残念ながら間に合わなかった…。せめて予告編を貼っておきます。

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『ブレンダンとケルズの秘密』は、世界で最も美しい本として名高い聖書の写本「ケルズの書」にまつわる話です。見習い修道士ブレンダンは、バイキングから逃げて村へやって来た修道士が持っていた美しい写本「ケルズの書」に魅了される。ブレンダンを厳しく育てる修道院長はバイキングの襲来に備えて砦を建てることに夢中で、写本への興味を示さない。写本を仕上げるため、ブレンダンはインクの材料となる植物の実を探しに、禁じられた村の外の森へ入って行く。そこで不思議な少女アシュリンと出会う…

いわくありげなシンボルや小物がたっぷり出てくるので、アイルランド神話に詳しい人が見たらいろいろと心当たりがあるんじゃないだろうか。私はそんなに知らないのでどれがあれ、というのは言えないのですが、知らなくてもその美しさにうっとりしてしまう。トム・ムーア監督のことだから、「ケルズの書」のページの描写も本物で該当するページがあるんだろうなと思うし、クロムの場面にしてもいろいろと隠されていそう。

以下、映画の内容に触れるので一応隠しておきます。



この映画は少年ブレンダンの成長譚として観ることもできます。そしてブレンダンはキリスト教であり、アイルランドでもあるのが面白いところ。
彼を取り巻く脅威にはいくつか種類があって、それぞれ違う役割でしたね。

一つ目の脅威は彼の保護者である修道院長。厳しくて、村を守ることで精いっぱいであまり周りが見えていない状態。ブレンダンに対する愛情があるのに空回りしているし、ブレンダンにとっては乗り越えるべき壁になる。最期間に合ってよかった。しかし彼は一体何の代弁者なんだろう。

二つ目の脅威はバイキング。修道院長にとっての脅威でもある。これは、乗り越えられない脅威。もう絶対敵わないから今は逃げるしかない、という厳しさをこんなふわふわした雰囲気のアニメーション映画で出してくるのか!というのはちょっと驚きましたが、だからこそ良い。不条理が降り注ぐのがこの世というものだ。敵わないから逃げるしかない脅威でも、全滅するわけではないというささやかな希望はある。
そういえば全然関係ないのですが、バイキングという単語はひょっこりひょうたん島で知ったのだったなぁ、というのを思い出してちょっと懐かしい気持ちになりました(食べ放題、飲み放題、お値段たったの1000円よ)。
当時のアイルランドにとってはきっと最大の脅威だったんですよね、バイキング。すべて奪い尽くされ、彼らが通った後は荒れ地しか残らない。

三つ目の脅威は森の古き神クロム。これは立ち向かって戦って勝利できる脅威。キリスト教に倒される運命の古き神だ。しかしあのクロムの場面は非常に美しくてとても好きでした。映画観終わってから調べましたが、クロム(クロム・クルワッハ/クロム・クルアハ)は羊頭の蛇や竜の姿で描かれることが多いらしいですね。だからあの造形だったのか。そういえばアシュリンは狼の化身でしたが、狼にまつわる神話はよくわからなかったです。たぶん何かあるんだろうな…

映画の公式サイトには「世界を救えるのは美しい魔法の本だけ」という文句が書かれているのですが、そういう話とは違うと思う。本が世界を救うわけではなくて、ブレンダンたちにとって世界が世界であり続けるために本が存在し続ける必要があるのだ。ケルズの書はバイキングを倒さない。クロムを倒すのもケルズの書ではない。ケルズの書は希望の象徴で、これが失われてしまったら途絶える何かがあるのだろう。だから守る。
とはいえ何を犠牲にしてでも守らなければならないんだ!というわけでもなくて、書を守ることによってさらに大きな何かを守ることになるのだろう。修道院長は砦を巡らして村を守ろうとした。砦はバイキングによって破られたけど、生き延びたものもいる。きっと本質的には、それと同じことなのだ。

他にもパンガ・ボンかわいいとか(これも元ネタがあるらしい)、やっぱり歌が良いとか、砦の設計図にぐっとくるとかいろいろあるんですが、全体としてやっぱりとても好きな映画だったので、観てよかったなと思います。ケルズの書を開いたときに紋章がぶわっと広がる感じとか、すごく好き。

トム・ムーア監督の次回作もアイルランド神話絡みのようなので、今から楽しみ。