好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

小川一水『群青神殿』を読みました

群青神殿 (ハヤカワ文庫JA)

群青神殿 (ハヤカワ文庫JA)

小川一水の描く「陸空海」復刊シリーズのうち、「海」担当の作品。
2002年にソノラマ文庫で出たのが最初、その後2011年に朝日ノベルスで復刊され、今回のハヤカワ文庫が最新版です。復刊バージョンで初めて読みました。内容は細かいところが少しずつ修正されているようですが、話の大筋は変えていないとのこと。

神鳳鉱産探鉱部部所属の中深海長距離試錘艇"デビルソード"のパイロット・鯛島と探索員・こなみは、鉱脈探しのために"デビルソード"で潜った深度400メートルの海の中で、「海底の山が逃げる」ような怪現象に遭遇する。そして海から上がった二人を待っていたのは、八丈島付近で沈没した自動車専用運搬船(PCC)”トランスマリン7”の探査依頼だった。沈没した船は分厚い鋼板が捻じ曲げられ引き裂かれており、最後の通信で乗組員は「硬い化け物」を見たとの通信を残していた―――。
というのが導入ストーリーなわけですが、これは映画的な小説ですね!読みながらずっとゴジラが頭をちらついていました。未確認生命体もの。メガシャークというアメリカのB級映画シリーズもありますが、テンションとしてはもうちょっと日本的な印象。忍び寄る脅威!正体不明の怪物!消えていく仲間!シルエットだけは最初から見えているんだけど、全貌は見えない敵の姿。そして最後の最後にその正体が明らかに…!という、あのパターンです。なんか昭和っぽいけど、テクノロジーは平成です。

でも小川一水なので冒険ものでありながらお仕事小説でもあるという高度な技を披露しています。子供向けの絵本で「はたらくくるま」「はたらくふね」みたいなのがありますが、その「はたらくふね」を本気でやりましたって感じ。”デビルソード”の支援母船である"えるどらど"、実在の海保の巡視船"しきしま"に海自のイージス護衛艦"ちょうかい"。果てはアラブの木造船からアメリカ海軍第七艦隊の巡洋艦やら駆逐艦、そして航空母艦まで!私は船に詳しくないのでどのくらいのオールスターぶりなのかがわからないのですが、はたらくふねの雰囲気は大好きなのでとてもテンションがが上がります。

……当直甲板員に発令。至急船倉全フロアのラッシングチェックをしてください。至急全フロアのラッシングチェックを…
放っておけば水平に戻る撒積船(バルカー)やタンカーと違って、自動車を積むPCCは、固縛ワイヤーを締め直すラッシングチェックが欠かせない。この種の船は自動車をスムーズに乗降船させるために、徹底的に隔壁を廃した造りになっているからだ。(P.13)

こういう業界的日常風景を当然のように描いて、なんでそうなるのかを簡潔に説明してくれるのは小川一水作品の魅力の一つで、これによって世界観が骨太になる。知識がない読み手は語られる世界を受け入れるしかないのですが、たとえば潜水艦に乗ったときの重力の感じ方とか、パイロット席に並ぶ計器ひとつひとつの意味とか、おやつをどこにしまうかとか、そういう細かいところまで書き手がわかって書いているなぁというのが行間からにじみ出ていると、安心感がある。そして小川一水は、そういうところですごく頼りになります。
解説で林譲治小川一水の取材力について書いていたのを読んで納得でした。めちゃくちゃ調べている…すごいなぁと毎回感嘆します。好きじゃなきゃできないよなぁ、こんなん。

舞台が海というのもいいですね。空も海も宇宙も砂漠も、人類が孤独になれる場所だけど、海と宇宙はより一層死と隣り合わせ感があって、舞台設定としてとても良い。まだまだ未知の部分が多いので想像も膨らませられるし、深海に未確認生物だって潜ませやすい。そう、硬い化け物だって!

この正体不明の「敵」が兵器なのか生物なのか判別するまでにしばらくかかり、生態を突き止めるまでにもさらにかかるのですが、飽きさせない引っ張り方だし、ついに姿をみせるときの「おでまし」感がとても良いです。チラ見せのバランスが、小川一水わかってらっしゃるなぁ…少なすぎず多すぎず、想像を掻き立てながら神秘のベールは脱がない。この絶妙さ!
最終的にどうなるかはぜひ読んでほしいところなので書かないけれど、見せ方がめちゃくちゃ上手いです。
表紙のイラストがまた美しいですね。涼しげで夏にぴったりでした。

しかし空を見上げなくても、地続きの海の底にこんな大きな未知の世界があるんだなぁ。地球は広いなぁ。