好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』を読みました

SFマガジンが入手できないという前代未聞の事態を巻き起こした百合SF。個人的には興味がなかったのでスルーしていたのですが、小川一水が本書に短編を書き下ろしたと聞いたので、それなら、と思って買いました。アンソロジーなのでひとつずつちょこちょこと読み進め、先日読み終わったばかり。

そんなわけで、もともとノーチェックのジャンルであり、百合に対する造詣が深い者が書いた感想「ではない」ことは予めご承知おきください。ていうか読み終わってもよくわからん。百合ってなんだ?
本書を読む前は「女性同士の恋愛関係」が百合なのだと思っていたのですが、SFマガジン編集者の溝口力丸さんはまえがきで「女性同士の関係性を扱うもの(P.5)」が2019年現在の百合についての共通認識だと書いています。しかしこの定義は更新され続けていくだろう、とも。それってわざわざ「百合」というジャンルを作ってほかの小説と区切る必要あるの?と思わなくもないけど、百合のタグをつけることで雑誌が重版するくらいなので、その区別に価値を見出す一定の読者が存在するんですね。
SFとは何かとか、これはミステリなのかとか、そういうジャンル定義についての議論は議論そのものが一種の娯楽ではあるのですが、正直個々人が好きにラベリングしていけばいいと思っている。ひとつの作品に複数のジャンルのタグがつくのは普通のことだ。これは百合だ、いや百合ではない、とかそんな話は今はしないことにします。面白そうではあるけど、語れるほどの量を読んでいないので。

さて内容に移りましょう。本書はアンソロジーなので、いろんな作家さんの短編が読めて楽しかったです。というか、おそらく小川一水以外は全員初読だった。せっかくなのでひとつひとつ簡単に感想を書いておきます。

宮澤伊織『キミノスケープ』
自分以外のすべての動物が姿を消した世界で、たったひとつ目にした他者の存在の痕跡から、まだ見ぬあなたを追いかける話。『裏世界ピクニック』の人か!読者を「あなた」と呼びかけるテキストノベルゲームっぽい語り口が世界に引き込んでいくのが、雰囲気出してますね。本の構成として、これを冒頭にもってくるのが、また上手いなぁ。

森田季節『四十九日恋文』
使用可能な文字数が一日一文字ずつ減っていくテキストメールを、死んだ恋人と交わす話。同じ著者の『ウタカイ』も気になっているのに読めてない…。文字しか手段がないときに何をどうやって伝えるかは、永遠のテーマだ。単語を費やせば伝わるというものでもないのが、言葉の不思議。別に文字数が減っても情報が薄まるわけではないんですよね。

今井哲也『ピロウトーク
前世で唯一の存在だった枕を探して旅をする先輩と、それに付き合う私の話。本書唯一の漫画です。「枕が変わると眠れない」を宇宙レベルに広げるとこうなるんだなぁ。本書の中で一番SF感を感じました。

草野原々『隔世知能』
理由を問うことの無意味と意義についての話、といって正しいだろうか。実は初の原々でした。あらすじを説明しにくい小説ですが、とても面白かったです。鬼気迫る幼馴染の描写が良かったです。快ではないんだけど、圧が良い。なんとなくゼロ年代の雰囲気を感じる。原々って、あと10年くらい早く生まれていたら講談社ノベルスでデビューしていたんではないか。

伴名練『彼岸花
吉屋信子風吸血鬼もの。人類最後のひとりとなった少女が、死妖(いわゆる吸血鬼)の姫をお姉さまと慕う話。これが噂の伴名練か!なんというか、世界観構築の言葉の選び方に強いこだわりを感じました。赤と白の遣い方がめちゃくちゃ上手い。「贈る花一つ遺すお役にも立てなかった、人の身を恥じます。(P.157)」とか、正統派少女小説だ。恋愛はシーソーだから、均衡が一定であることはあり得ないし、一方に傾きすぎると続かない。それをよく体現しているなぁと思いました。パワーバランスの描写が的確でありながら文章は美しく、めっちゃ良かったです。

南木義隆『月と怪物』
繊細な共感覚をもつ姉と、特に特殊な才を持たない妹が、冷戦下のソ連に翻弄される話。これが噂のソ連百合!もともとpixivで話題になったというのは聞いていました。史実の国家をディストピアの舞台にするってすごいな。書かない部分の選び方がとても好きです。説明すべきところと、しないところの線引きが上手い。そして話の幕引きの仕方がエレガントで好みでした。

櫻木みわ×麦原遼『海の双翼』
腕の代わりに翼を持ち、羽根を光らせて会話をする異郷の生き物の交流譚。誰との交流?というのがポイントで、そこがめっちゃ良いのです。共作とのことなので、数字の章とアルファベットの章で分担したのだろうか。設定を理解するのに何度か読み返したりしましたが、作品世界に入ってしまえば、描写の美しさに惚れ惚れする。いいなぁ、これ。好きだなぁ。アルファベット章の独白が非常にいい味を出しているのですが、一方でこの小説がアルファベット章だけで構成されていたら、それはそれで物足りないだろうなとも思う。なんというバランスの良さ。

陸秋槎『色のない緑』 稲村文吾・訳
機械翻訳に携わる研究者の話。めちゃくちゃ面白かったです。SFマガジンが三体の特集をしたときに中国のSFがいくつか載っていましたが、そこでもシンギュラリティを懸念する作品がでていましたね。AIに仕事を取られるとかそれ以前に、人類が原理を理解できない理論がコンピュータによって提示されるときが来るだろう、という話。中国のほうがそういう観点での脅威が大きいのだろうか。いや日本も同じ脅威にさらされているはずではあるのだけど、研究の進め方が違うから、あまりそういう発想にはならないのかもしれない。シンギュラリティ好きなので、とても興味深く読みました。

小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』
トリは小川一水。夫が舵を取り、妻が網を張るというコンビで漁に出る習わしのガス惑星で、女同士のコンビを組もうとする話。「すでに社会がそうなっている」という世界を舞台にしているところが、読者の世界とつながっている感じがして好きです。夫婦じゃなければ、つまり異性同士のカップルでなければバディが組めない、というルールがすごくリアル。バディを組むときに夫婦であるほうがやりやすいという歴史的慣習があったんだろうなと推測できるのが肝かもしれない。そのほうがうまくいくことが多いから、という経験則からルール化したものって、なかなか変容しないんですよね。世界設定面白いなぁ。


百合というジャンルをわざわざ掲げることは、やっぱりあまり好きじゃないです。でも百合というジャンルが世界が良い方向へ向かうための推進剤になるなら、それはそれでいいなぁ。特定のカテゴリを囲いに押し込めるんじゃなくて、知名度上げて広げていくような方向になっていくことを願います。世界がさらに住みやすくなればよい。