好物日記

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小川一水『美森まんじゃしろのサオリさん』を読みました

美森まんじゃしろのサオリさん

美森まんじゃしろのサオリさん

そういえば読んでいなかった、と思って読みました。2015年に刊行された、SF作家・小川一水によるミステリです。ジャンル的にはミステリです。
小川一水といえばハヤカワ文庫、ソノラマ文庫が多いイメージですが、光文社の文芸誌「小説宝石」にもいくつか短編を載せています。日常系SFというか、今の世界の延長線にある暮らしを主に取り扱っていて、小川さんらしい良品が多い。

『美森まんじゃしろのサオリさん』も小説宝石に掲載されていた話で、連作短編になっています。ジャンル的にはミステリです。という含みのある言い方を何度もするのは、率直に言って正統派ミステリではないからです。でもSFではない、これはSFとしては書かれていない。

舞台は過疎化した田舎の山あいにある町・美森。大学生のわりにはヒマそうな詐織と大学受験に落ちて亡き祖母の屋敷に送り込まれた猛志は二人一組の探偵「竿竹室士」として数々の謎に挑む…みたいな感じの話です。
数々の謎というのは死体が動いたとか、隣家の窓にこどもの影が見えるとかであって、殺人事件を解決するわけではありません。役場に持ち込まれた「警察呼ぶのもちょっとねぇ」程度の「気になる」を、役場に頼まれたという形で対処する役目。特徴的なのは美森に伝わる神様とその眷属にまつわる逸話が毎回出てくることです。町民の仲裁をするという、卍社(まんじゃしろ)に棲む美森さま。実在の民話ではないとは思うのですが、シリーズ通して語られます。詐織がこの神様大好きキャラなのがポイントになっているのだけれど、できればもう少し「なんでそんなにこだわってるのか」という部分を読みたかった。しかしまぁ、枚数的に難しいか。

ちょくちょくSF作家らしいところが顔を出すのですが、「水陸さんのおひつ抜き」は食事配送サービスのロボット車がとある家にだけ食事を運んでこないという話で、一番SFっぽい。食材配送業者というのは実際いますが、ヒトではなくロボットで配送するようになるのはいつになるのだろうか…。Uberだって所詮人による配達だしなぁ。都会よりは田舎のほうが道が空いててロボットが通りやすそうではありますが。
また冒頭の「まんじゃしろのふしみさん」には害獣よけにプログラムされたとおりに動くワイヤーというのが出てくるのですが、これはすでにありそうな…電気柵というのが、そうなのか?まだ作品に出てくるほどには自在には動かないか?

なんとなくですが、一見保守的にみえる田舎の方がむしろハイテク化が進みやすいように思います。統計調べたわけではないけど、町(というか集団生活の単位)が過疎化すると、単純に人手が足りなくなるので、機械を使うことになる。足腰が弱ってくる年になれば、自動化するのはありがたいことだろう。第一次産業はかなり早い段階でハイテク化が進む分野じゃないだろうか。すでに農場なんかは大規模なほど自動化しているはずだし、土地が余っているほど機械を導入しやすい。都会は人が多くて動線が読みにくいから、ロボットからすると動きにくいだろうなと思います。道は空いてるほうがいい。

まだ若い探偵コンビをほほえましく眺めるのは楽しいですが、ミステリと思って読まない方がいいです。何度でも言います。というのも、だって、これはちょっと無理があるでしょー!というタネがあるからです、正直。面白いからいいんですけど、謎解きを期待して読む本ではありません。というかSFではないのにテクニカルな部分がイキイキしてるの、さすが小川一水だなぁ。

ミステリとして読むなら、同じ小川一水でも『トネイロ会の非殺人事件』のほうがおすすめです。こちらは軽い読み物としてどうぞ。表紙の絵がほんわかして可愛いです。