好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

野﨑まど・大森望編『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』を読みました

2017年4月に放送されたアニメ『正解するカド』とはほとんど関係のない、国内外のファーストコンタクトSFアンソロジーです。私は『正解するカド』は観ないままこれを読みましたが、なんの問題もありませんでした。
目当ては小川一水の短編だったけれど、もともとファーストコンタクトものが好きなので結局まるまる一冊楽しんでいた。ファーストコンタクトSFはロマンなんですよ!よほど攻撃的な種族でもない限り、最初の接触は主にコミュニケーションを目的にしているので、文化人類学社会学の面が強くて理解しやすいというのもあります。意志の疎通はどうするのか?言葉か、音か、ジェスチャーか。習慣やマナーは?好意から行った行動が、相手を侮辱することにはならないか?考え始めると面白くてたまらない。

しかしこのアンソロジーでは「ファーストコンタクト」を広い意味で捉えているということもあり、そんな基本的なパターンを軽やかに超えていくものが多くて、そうきたか!という感じ。本にはそれぞれの作品ごとに著者紹介とあらすじが記載されていますが、せっかくなのでそれぞれ簡単にご紹介しておきます。

筒井康隆『関節話法』
「マザング人は関節話法で話します」「君はさっき、首の骨を鳴らしていましたね」「マザングへ行ってもらうとして、君以上に適当な人はいません」…そんな話です。筒井康隆久しぶりに読みましたが、ばかばかしくて好きだなぁ。アンソロジーのトップバッターにふさわしい軽やかさだ。

小川一水『コズミックロマンスカルテット with E』
未知の生物惑星との外交のため派遣された日本政府の役人が、目的地の惑星に着く前に突如現れた別のエイリアンに結婚と性交渉を迫られる話。ラノベっぽい語り口で、押せ押せなエイリアンがやたらあざとい美少女型なのに、「結婚とはなにか」を法的レベルでまじめに検討・討論しているのがめちゃくちゃ面白い。こういう思考実験はSFの醍醐味だ。オチも秀逸。

野尻抱介『恒星間メテオロイド
食糧プラントで発生した爆発事故の原因を調査していた技術者が謎の生物と遭遇する話。宇宙で見つけた謎の物体の元素構成を分析や宇宙船の操作の描写にこだわりを感じるハードSFでした。未知の生物とコミュニケーションするときのフローチャートがあるなら、わりと最初のほうで「その生物は炭素生物ですか?」という分岐が来ると思う。それくらい元素構成は大事なところな訳で、機材積んでるなら元素構成チェックはしたいですよね。アプローチの仕方にも作風が出るんだなぁ。

ジョン・クロウリー『消えた』(原題:Gone)
シングルマザーであるパットの家の玄関のチャイムを鳴らして、手伝いを申し入れる謎の存在「エルマー」がやってくる話。彼らは任意の家に突然訪れ、「善意チケット」と呼ばれるものを差し出して同意を求める。不思議なストーリーで、喉に引っかかった小骨のような何かが後に残る。すっきりしない終わり方は好きです。小説の最後のページに達しても、まだ読み終わっていないような気分になる話。

シオドア・スタージョン『タンディの物語』(原題:Tandy's Story)
「これはタンディの物語だ。しかし、まずはレシピから。用意する材料――カナヴェラルのくしゃみ、縮れのできたゲッター、漂う状態、…(P.155)」という書き出しに引き込まれる。他人をいらいらさせる天才であったタンディが、庭に打ち捨てられていた「ブラウニー」にのめり込み、次第に変わっていく話。ノスタルジックな雰囲気は、子供の視点を大事にして書かれているからか。

フィリップ・K・ディック『ウーブ身重く横たわる』(原題:Beyond Lies The Wub)
火星を離れる際、現地人から50セントで買い入れた豚そっくりの「ウーブ」。いつ食べようかと船長が話し始めると、水を飲んでいたウーブは顔を上げて言う。「船長、じつのところ、ほかにも話しあうべきことがあると思うんだがね」(P.206)…。
身重く横たわるのはイナゴでは。意識しているのでしょうけど、タイトルにbeyond感をもう少し出したい気もします。でもストーリーは非常に良くて、デビュー作でこれって、さすがディックだなという印象。船長が扉を開けて固まっていたのはどういう訳で?ウーブが議論のネタにオデュッセウスを振ったのはなぜ?禁忌の家畜を屠ったから?短い作品なのにすごくインパクトがある。

円城塔『イグノラムス・イグノラビムス』
太陽系中の食通たちが唸る「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」の皿を前に空しく独白する男の話。『シャッフル航法』で読了済みでしたが、円城塔は大好きなので何度でも読むぞ。「わたし」が「センチマーニ」と呼ぶ異星人との思い出、彼らの生態について語るのを読んでいると、酔っぱらってくるような気持ちすらしてくるところが、たまらないです。

飛浩隆『はるかな響き Ein leiser Ton』
忽然と現れた石版の周りをぐるぐる回るヒトザル、マンションの一室であらゆる種類のサラダを作る男、男と同じ室内でシューマンの「謝肉祭」をピアノで弾く女、そして謎のナレーション。石版とヒトザルといえば『2001年宇宙の旅』で、この作品はそれを下敷きにしているんですが、あまりに壮大で、うまく乗れないと意味不明なまま終わる話でした。なんとか追いついて乗りこんで一端に触れた気はするけど、理解しきれなかったところが結構あります。時間をおいてもう一度読みたい。もうちょと、自分の中で何か必要だ。

コニー・ウィリス『わが愛しき娘たちよ』(原題:All My Darling Daughters)
あらすじの説明しにくい作品です。問題作、というのはよくわかる。けど「読んでいい気分になれない作品」を安易に好きじゃないということには抵抗がある。好きではない、楽しくもない。でもこの素通りのできなさというのは文学の持ち味のひとつではないか。
全寮制の寄宿学校に通う素行の悪い信託学生タディの一人称で話が進むけど、同室になったダサい奨学生ジベット、ボーイフレンドのブラウン、遊び仲間のアラベル、学園の父たる校長、男子学生の間に流行りだしたペット・テッセルなど、短編とは思えない濃密ぶりだ。「お父さんはきみのためにいちばんいいようにと思ってるんだよ」「信託親(トラスター)じゃないのは保証つき」「ヘンラはいい子なの」「あなたは罪のことをなにも知らない」
どこから手を付けていいのかわからない。でもこの作品を問題作と呼ぶのは、褒め言葉だ。ああ、しんどいなぁ。

野﨑まど『第五の地平』
チンギス・ハーンが宇宙を目指す話。いいなぁ、こういうの!図が多用されていてわかりやすいし、ユーモラスです。ひとつ前の話で精神にダメージを負っていたので、最後は未来に向かう話でよかった。チンギスに多次元の考え方の講義をし、高次元を目指すよう進言するボオルチュが良い。アニメ『正解するカド』が気になってきたな…


アニメのタイアップ本という位置づけで、書き下ろしはひとつもないけど、これまで雑誌でしか読めなかった作品も入っているので嬉しい。古いものから新しいものまで、ファーストコンタクトを広い意味で扱って選んだ作品10作でした。海外作品と日本作品のバランスもよく、楽しめました。