好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

小川一水『ハイウイング・ストロール』を読みました

小川一水の描く「陸空海」復刊シリーズのうち、「空」担当の作品です。もともとは2004年にソノラマ文庫から出ていた小説が、加筆修正されて再び世に出てきたものです。
ソノラマ文庫版は読んでいないのですが、著者曰く「今回の復刊に当たって原稿用紙四十枚に及ぶ修正を施しました。(P.436)」とのことなので、どこが変わっているのか気になる…。ただ話の大筋は変えていないようですね。また「この話は剣と魔法のMMORPGの話です。(P.435)」ともあるのですが、実際読んでみると、すごく納得します。ええ、そういう話です。

何が驚くって、この話の眩しいくらいの青春ぶりと輝かしくて直視できないくらいのハッピーエンドです。こんな見事なハッピーエンド、いまどきハリウッドでもお目にかかりませんよ!なんだこれ!いいな!

時は未来。「大洪雲」によって地球の大半が重素の海に沈んだ世界で、人々は謎の生物・浮獣を食べたり加工したりしながら、わずかに残った島々で細々と暮らしている。浮獣を狩るのは「翔窩(ショーカ)」と呼ばれるハンターだ。彼らはシップ(プロペラ飛行機)に乗って空を飛び、獲物を撃ち落として貴重な資源を手に入れてくるが、荒くれ者の集まりであるショーカは人々からは敬遠されていた。そんな世界の下町で学校をサボって友人とつるんでいた少年リオは、突然現れたショーカの女性ジェンカに引っ立てられてシップに乗ることになり、ショーカへの道を歩み始める。
…というのがおおまかなあらすじです。少年リオの成長譚でもあり、ジェンカとのラブストーリーでもあり、飛行機乗りのロマンもある。

「大洪雲」という災厄について多くは語られません。何かがあって今の世界になってはいるのだけれど、そこは大した問題ではない。世界設定はSFだけど世界観としてはファンタジー寄りで、この小説舞台を作り出すための装置としての「大洪雲」でしかないので、そこを深く考える必要はないです。
浮獣とよばれる不思議生物をヒコーキ野郎が狩る。操縦桿を握って機体を自在に操り、照準を合わせて弾丸を放ち獲物を撃ち落とす。プロペラとエンジンの爆音、シップが急降下するときの重力、二人一組のバディで背中合わせになって戦う、その昂揚感。難しいことはいいじゃないか、荒くれ者の一員になって空で大暴れしようぜ!みたいなノリで読めばいいと思います。

しかし個人では敵わない強大な敵に出会った時にチームワークを呼びかけるあたりが小川一水だなぁと思います。強い敵に向かって無敵の二人が立ち向かう、ではなくて、俺たちだけでは無理だから力を合わせよう、というタイプですよね。そういえば小川一水は友情・努力・勝利のJUMP j BOOKS でデビューしているのでした。

もうひとつ小川一水の良さを感じたのが、リオが下町にいた頃に好きだった女の子・ティラルの扱い。彼女はなんというかまぁ、自分の可愛さを十分に自覚した奔放な小悪魔系女子です。ショーカになる前にリオはこっぴどく彼女にフラれるわけですが、リオがショーカになっていろいろ経験した後にティラルと再会したときの描き方がとてもよかったです。この優しさが好きだ。

作者自身も言っている通り、ストーリーは非常にゲーム的です。ただ、今だからそう思うのであって、最初にこの小説が書かれた2003年頃には珍しかったのかもしれない。私はゲームをしないのでわからないのですが、こういう話ってありそうで無いの?スカイリムは2011年リリース、モンスターハンターは2004年リリース、エースコンバットは1995年リリースだから、そういう流れの一つとして位置づけることもできるのかな。
ただ、敵が人ではなく「浮獣」であるというところに、この小説のユニークさがあると思います。そう、ただのモンスターでもないのです。じゃあ何なの?というのはネタバレなのでいいませんが、この「浮獣」という存在についてはもうちょっとつついてみたい気もする。でもそうしたら違う話になっちゃうよなぁ。

表紙の美しさも魅力の復刊版、笹本祐一の解説(というか、小川一水の思い出?)も面白かったです。