- 作者: 江川卓
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1991/06/01
- メディア: 単行本
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集英社の世界文学全集所収の『カラマーゾフの兄弟』訳者による評論です。最初は図書館で借りて読んだのですが、面白すぎて買っちゃいました。何が面白いって、原文のロシア語だとどういう表現になっているかを含めた考察になっていることです。これは素人には無理だ…
初っ端でそもそもカラマーゾフという姓が固有名詞ではなく形容詞的に使われることから話が展開され、「黒」との関わりの深さが述べられるところから引き込まれました。論拠となる引用もしっかり含まれながらもあまり学術寄りにならずに読み物として楽しめるのは、もともと雑誌『新潮』に連載していたから書き方を工夫したというのもあるのだろうけど、工夫して読みやすくできちゃう江川さんの文章力なんだろうなぁ。
翻訳というのは一種の翻案だと思うのですが、作品における著者の意図を認識していないと訳が死んでしまうことはあると思います。製品マニュアルの翻訳は「正しい操作を行うこと」という本質を有していれば問題ないのですが、文学ではそうもいかない。「あの単語でもその単語でもなく、この単語を使った意味」をひとつひとつ考えていくことが重要なのでしょう。音の響きとか隠喩とか身分による言葉遣いの差異とか。そう思うとほんとうに、当たり前のように本屋に並んでいる翻訳小説たちがまばゆく見える…
そして、そうなるとどうしても言語の違いによる言葉のニュアンスの伝え方が立ちはだかる。『翻訳できない世界のことば』という素敵な本がありますが、言葉というのは文化なので、必ずしも1対1として対になるものではないんですよね。100%重なる訳語など存在しないのが当たり前なくらいだ。たとえば新潮文庫の原訳では「病的な興奮」と訳されていたキーワードがあるのですが、江川さんは「うわずり」と表現している。大審問官のなかでキリストを誘惑する悪魔について、原文では「霊(ドゥーフ)」という言葉が使われていることも指摘しています。翻訳を読んでいるだけでは「訳者による解釈の結果」しか得られないので、こういう微妙な単語チョイスの舞台裏を知ることは難しいんですよね。翻訳を読み比べればどう違うかというのを見ることができることもあるけど、やっぱり原文を読むのとは味わい方が変わってくる。翻訳を読むことの制約のひとつなのですが、だからこそ面白いともいえるのでしょう。訳す人によって言葉が変わると、その作品世界の色合いが変わる。その中のどれが正しいといえないことも多いので、あとは好みの問題でしょう。翻訳は選択肢が多いほど豊かになる。
タイトルに「謎とき」と含まれているのは、上記のような言葉に隠された意味を解き明かすというものを含め内容は多岐にわたるのですが、メインディッシュは当時のロシアで流行していた鞭身派・去勢派との関連性を解き明かす、というものです。
鞭身派は「霊は善、肉体は悪」という立場で性的な交わりに対して否定的だったのですが、だんだん「信徒同士ならアガペーだから大丈夫」みたいな方向に歪められて堕落していったようです。それを、やっぱり肉欲はいかん!と立ち上がってそんな巨悪の根源は取り払ってしまえとなったのが去勢派、だと理解してます。すいませんちゃんとは調べてないです。
そしてカラマーゾフは行間の奥で黒につながっているわけですが、それに対し、白につながる人がいる、というのが面白いところ。白い靴下をちらりと見せて相手をぎょっとさせるあの人が、カラマーゾフの黒に対する白なのではないか、と。ほほーう、と思わずため息が出る。面白いなぁ。
江川さんは『罪と罰』『白痴』についても謎ときシリーズとして出されているので、これらも読むつもりでいます。