好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

翻訳ペンギン『翻訳編吟 11』を読みました

2022年11月22日(日)に東京で行われた文学フリマにて入手した『翻訳編吟 11』を読みました。
編吟と書いて「ペンギン」と読むようです。著作権の切れた作品の翻訳を行っているサークルさんで、前々から気にはなっていたものの、購入は初です。
ホームページが見当たらなかったのでリンクは割愛しますが、ツイッターは「@honyakupengin」で情報公開されているようです。
ナンバリングがすでに11なのがすごい。続けるというのは大変なことだ。ちなみに小説の著作権は著者の死後70年で切れるらしい。

『翻訳編吟 11』には全9編の短編小説が収められていました。内訳は以下の通り。

=============================================
イーリア・ウィルキンソン・ピーティー『幻の家』(小椋 千佳子 訳)
チャールズ・ディケンズ『星の国を夢みて』(こはら みほ 訳)
ジェレット・バージェス『幽霊捕獲器』(青山 真知子 訳)
エドウィン・レスター・アーノルド『戦慄の一夜』(伊東 晶子 訳)
エドワード・エグルストン『ウィギンズさんちの不思議ネコ』(澤田 亜沙美 訳)
フランク・R・ストックトン『フレッド・ハンフリーズの未来の三輪車』(斎藤 洋子 訳)
ウィラ・キャザー『ピーター』(小椋 千佳子 訳)
ステイシー・オーモニア『グレイル家の人々』(野島 康代 訳)
メアリ・ルイーザ・モールズワース『不思議な使者』(伊東 晶子 訳)
=============================================

全体的に幻想・ホラー系の小説が多くて嬉しかったけど、翻訳ペンギンさんの特色なのだろうか。今回だけの特徴なのだろうか。
著作権の都合上、19世紀~20世紀前半を生きた作家の作品であるため、全体的にクラシックなスタイルで好みでした。古き良き怪談独特の雰囲気って、ある。

せっかくなので各作品ごとに簡単なあらすじを感想を書いておきます。
ネタバレには気をつけていますが、内容に触れている箇所もありますので、ご注意ください。




■イーリア・ウィルキンソン・ピーティー『幻の家』(小椋 千佳子 訳)
トウモロコシとライ麦の畑に囲まれた農場で結婚生活をスタートした若い妻が幻の小屋を目にする話。
アメリカ開拓時代に潜む闇を見る感じ。一面のトウモロコシ畑(映画『フィールド・オブ・ドリームス』みたいだ)の中での、若い二人だけの新しい生活。真っ赤な太陽が西の丘に沈む頃、太陽を背に浮かび上がる小屋の影。たなびく煙突の煙……。ちょっとした映画になりそうな。
最後、フローラが「怒りが湧いてきた」理由がいまいちよくわからなくて気になっています。多分私が何かわかってない。


■チャールズ・ディケンズ『星の国を夢みて』(こはら みほ 訳)
毎晩仲良く窓辺に並んで一番星を見つける遊びをしていた兄妹の話。
言わずとしれたディケンズですが、私はディケンズほとんど読んでないので割と新鮮な気持ちで読みました。「おはなし」風の訳文が作品に合っている。
平仮名多めの「おはなし」風文章は漢字と平仮名の割合が難しそうだなと感じましたが、読み難くもなく、しかしそれっぽさは保っていて、いいバランスのように感じました。癒される……。


■ジェレット・バージェス『幽霊捕獲器』(青山 真知子 訳)
殺人事件の多発により幽霊が出るという「事故物件」の増加に悩むサンフランシスコで、<幽霊捕獲器>を開発して一儲けしようとした男の話。
上の設定からして絶対おもしろいでしょ!というコミカルな作品でした。こういうの好きです。<幽霊捕獲器>の開発には日本人も一枚噛んでおり、笑ってしまった。しかしラジウムは万能である!


エドウィン・レスター・アーノルド『戦慄の一夜』(伊東 晶子 訳)
コロラド州で鹿を追っていたハンターが鹿とともに大きな穴に落ちる話。
「自然が一番怖い」タイプのホラーなところにアメリカ西部っぽさが感じられました。バイソンって単語がもう西部劇感がある。でも作者はイギリス人だった。
恐ろしい夜と明るい昼の対比が印象的でした。きっと当時は現実として昼夜の落差が激しかったのだろうな。


エドワード・エグルストン『ウィギンズさんちの不思議ネコ』(澤田 亜沙美 訳)
口にすべきことではないことを言うと「ミャー」と鳴くネコの話。
ディケンズに続き、「おはなし」風訳文に癒やされる。ご近所さんの名前が「シタタカ・スリック殿」「オシャベリ・タトルさん」などの表現がうまかったです。19世紀らしい道徳的な内容なのが、なんというか、19世紀だなぁという印象。ネコがミャーミャー鳴いて可愛いのですが、キジネコなのかクロネコなのか、姿や色がまったく書かれていないのはわざとなのかな。君の隣のあのネコかもしれない、とするためか?


■フランク・R・ストックトン『フレッド・ハンフリーズの未来の三輪車』(斎藤 洋子 訳)
フレッド・ハンフリーズ少年が考案した、馬に漕がせるタイプの三輪車の発明と試験走行の顛末記。
「馬力駆動の原理」などが図式で挿入されており、非常に面白く読みました。1892年発表らしいので、ヴェルヌやリラダンはきっと読んでいるよなぁ。試験走行のときの助手を探すときに、頭はいいけど、きっと上手くいかないだろうと思っている少年を採用しないところが面白かった。フレッドくん、わかってるなぁ。ラストもとてもよかった。


■ウィラ・キャザー『ピーター』(小椋 千佳子 訳)
働き盛りの息子とともにアメリカに移住してきた元バイオリン弾きの老人ピーターの話。
きっと開拓時代のアメリカはこの息子くらいシビアな考え方でなければ生きていけなかったんだろう、文字通り。厳しい大地で生き延びるには感傷は命取りだ。
別に息子のアントンが悪者なわけではなく、作者も嫌なヤツとして書いているわけではなく、判断のものさしがぜんぜん違うんだろう。すごくよかった。ラストの落とし方が良いなぁ。


■ステイシー・オーモニア『グレイル家の人々』(野島 康代 訳)
芸術関連のサロンのようになっていたグレイル家の人々に戦争の影が降り掛かってきた話。
グレイル家の人々は互いに互いを思いやるがために意図しない結末を迎えてしまうという話で、たぶんこの冊子に載っている中で一番長い短編だと思います。抜群に良かったです。作品末尾の【作者について】によれば、短編の名手として知られているそうで、他にも読んでみたくなってググったのですが、ほとんど訳が出てないんですね。読めてよかったです。


■メアリ・ルイーザ・モールズワース『不思議な使者』(伊東 晶子 訳)
ウェールズ北部の炭鉱地帯に住む若い業務監督夫妻が体験した不思議な話。
ハートフルなゴースト・ストーリーで、冊子の最後を飾るにふさわしい読後感でした。善行が果報となって返ってくるタイプのストーリーなんですが、動物報恩譚ではなく恩返しするのが人間であるところが面白かったです。


19世紀の雰囲気を味わいながら毎日一編ずつ楽しく読ませていただきました。表紙と同じ色のしおりがついてくるのも嬉しいポイント。
作品末尾に底本も記載されているので、英語の原文を読んでみたい場合に、この冊子の翻訳を参考にして読んでいくのもよさそう。
次回文フリでも新作かバックナンバーを手に入れられたら嬉しいです。