好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

山尾悠子『歪み真珠』を読みました

歪み真珠 (ちくま文庫)

歪み真珠 (ちくま文庫)

『飛ぶ孔雀』で魅せられてからのにわか山尾悠子ファンで、読むのは本作が2作目、初の短編です。山尾悠子は文庫よりも単行本が似合う作家だと思っているので、本書が刊行されたのを知ってはいても買うつもりはありませんでした。しかし旅先で読むものがなくなって本屋に寄ったときについ買ってしまった。買ってよかった。珠玉の短編集、という言葉がこれほどまでに似あう短編集はないと思います。どれも良い…

ほんの数ぺージのものから、長くても40ページくらいの全15編の掌編小説を集めた短編集です。ほんの数枚の紙に作品世界がすんなりおさまっているのがすごい。
どれもこれも好きなのですが、特に好きなものについて話をしましょう。

「向日性について」
たった4ページでありながら、ものすごく引き込まれました。

向日性と仮に呼ぶ性質は、かの地のひとびとの生活全般を厳格に支配している。あるいは支配するものと推測される。

そんな書き出しで始まるこの掌編で語られるのは、日向にいる人々は普通に働き生活しているのに対し、日陰にいる人々は横たわり動かない世界。そんな奇妙な土地の記憶。シャッターを切る音が聞こえそうな一瞬の切り取り方が、山尾悠子は非常に巧い。ぱっぱっとスライドのように切り替わっていく街の様子がたまらないです。

「ドロテアの首と銀の皿」

この本の中では一番長い、40ページほどの掌編。歳の離れた夫に先立たれた女性が、夫の親族が屋敷に騒々しく居座る中で、庭に現れる白い娘を横目に婚姻証明書を捜す話、というのがまぁストーリーなのか?私の要約が良くないのだろうけど、一言で説明できないし、説明してしまってもそれはこの小説を表すものにはなりえないと思う。これに限らず、山尾悠子の作品においてストーリーを説明することが果たして必要なのかどうか、むしろそんなこと可能なのかどうか疑問だ。大事なのはきっとそこじゃない。適当な一文を引っ張り出すほうがよほど説得力があるように思って引っ張り出す一文を吟味してみたけど、それでもやはり一文では足りない。自分から潜っていくしかないようです。

「影盗みの話」

影盗み、と呼ばれる人々の説明と、彼らについて書かれた小冊子、通称「赤本」についての話。架空の生物の生態についての話が好きな私にとって、特殊な性質をもつ人々の話を素通りできるわけがなかったです。しかも「影盗み」という存在が「設定の固まり」であるというのがとても良い。
古今東西、不思議な存在には独特のルールがあるというのが暗黙の了解で、そのルールは物理法則のごとく絶対だけど理由はわからん、みたいなのが結構あります(日本の妖怪に出会った時の対処法しかり)。影盗みは人に害を加えはしないけど、設定の固まりだという、その着眼点がすごく好き。ラストも秀逸。たまらなかったです。

ほかにも「美神の通過」「アンヌンツィアツィオーネ」などどれをとっても素晴らしいので、文庫ではなく単行本としても持っておきたい。至福の時間でした。