好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ニール・スティーヴンスン『七人のイヴ III』を読みました


地球滅亡系SF『七人のイヴ』の最終巻です。

2巻の終わりでついに「七人のイヴ」が誰なのかが特定され、人類存続のプランが提示されつつ不穏な空気もあったからその辺が描かれるのかなぁと見当をつけながら読み始めたら、いきなり舞台が5000年後に飛んでいました。えええ!?という感じでしたが、そうか、これはそういう話か…ということでとりあえず進んでいく。
何十ページもかけて5000年後の人類の生活とそれを支えるシステムの説明が続き、1000年単位で歴史が語られ、なんだこのスケールは…という思いでいっぱいでしたが、面白いんですよねこれが。近未来というスケールに収めていいのかわからない時代設定だ。
限られたリソースを最大限に活用できるよう工夫したらこうなりました、みたいな。国際宇宙ステーションに積み込んだ荷物を起点にここまで人類を反映させるには、5000年くらい必要だと著者は判断したのだろうな。しかし1000年超えたら、どのくらいの長さが妥当なのか私にはもうわからん。

2巻で懸念されていた人種間対立もやっぱり現実化するわけですが、うーん、人間ってそういうものですよね。5000年程度じゃ大して変わりはしないのでしょう。ジュリアンに対して著者があまりフェアではないように感じて、こういうタイプの人が好きじゃないんだろうなぁとは思った。人種による性格の特徴とか書くとどうしても人種差別に変化してしまう。言いたいことはわかる気がしますが、ちょっと冒険しすぎじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
ただ生活様式の違いや行動様式の違いは文化人類学っぽくて面白かったです。各人種によって挨拶の仕方が違うとか。しかしそこまで分化するほど互いの干渉がなかったのか?という疑問が頭をよぎったりはする。5000年の経緯が簡潔な説明で済まされてるので、個人的興味でそこんとこ詳しく…という箇所がいくつかあります。でももう書かないだろうなー。

地球をテラフォーミングして再び住めるようにしよう、という計画に精を出す方向にいくのも、そこで出会った未知の存在の正体が何なのかも、ストーリーの流れとして察することはできる。ある程度予想はできるけど方法まではわからないので、おおそう来たか、という楽しみがある。3巻で終わりだというのはわかっていたので、後半になるにつれてこれちゃんと収集つくんだろうかと心配していましたが、そういう決着だったか…。3巻のいろんなこまごました設定は、そこからさらに全3巻の長編1つ書けそうなアイデアなのに、ここで使って終わりにしちゃうのもすごいな。

この全3巻の小説は、小説という形式をとったシュミレーションなんだろうなというのが全巻通しての感想です。最初に「月が砕かれる」というひとつのアイデアがあって、ニール・スティーヴンスンはそのアイデアからこういう未来をシュミレーションした。これぞまさに科学小説だ。現代の科学知識、想定されているけどまだ実証されていはいない仮説も含めて総動員して未来を組み立てるのです。理論的には可能なはず、破綻するほどの反証はない、というギリギリまでにじり寄って遊ぶ楽しさ。

しかしニール・スティーヴンスンはサイエンスに特化した作家ではないらしいというのを読み終わってから知って愕然としています。あんな宇宙工学とかバリバリ取り入れて専門家じゃないってすごいな!

読み応えのある3冊でした。曖昧さを回避した、硬派なSFでした。