好物日記

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藤井太洋『ハロー・ワールド』を読みました

ハロー・ワールド

ハロー・ワールド

藤井太洋の描くSFは私の興味との親和性が高いなぁと、今回『ハロー・ワールド』を読んで改めて思いました。技術の進歩が社会に与える影響だとか、仕事のスタイルがどんな風に変わっていくかとか、すごくワクワクする。IT業に携わる人なら特に共感することが多々あると思います。

『ハロー・ワールド』は5つの短編からなる連作短編集です。IT業界で働く主人公が広告ブロッカーアプリを作ったり、ドローンの売り込みをしたりするのですが、面白いのは日経新聞に載るようなIT技術をバンバン出して、それをエンタメとして昇華させているところ。技術というのは使う人間がいてこそであるというのを、藤井太洋は本質的な意味で理解しているんだろうな。

私自身がIT業にかかわる人間なので、テクノロジーの進歩が社会に寄与するあれこれを好意的な意味で信じていますし、技術が社会を豊かにすると信じて働いています。ゲームばかりすると教育に悪いだとか、スマホ中毒だとか、悪いニュースもありますが、伝票の正確さやATMの24時間稼働、電子カルテなど、広い目で見れば確実に世の中は便利になっている、というのを励みに我々は仕事をしているのです。そして次々に現れる新しいテクノロジーにワクワクしながら、より良い未来を夢見て働いているのです。
そんな人間にとって、この本は日頃の仕事の疲れも吹っ飛ぶような面白さでした。自作アプリの販売、グーグルカー、空撮用ドローン、ビットコインなど、最近話題のあれこれをふんだんに詰め込んでくれていて、しかもめちゃくちゃ面白い。

テクノロジーの進歩は、IT知識を持たない人を置き去りにするのか?管理するためのテクノロジーでしかないのか?本来インターネットというのはもっと自由なものだったのではないのか?何のために技術は進歩するのか?などといろいろ考えさせられました。
私は10代の頃からインターネットを日常的に使っていたからこそ、多感なティーンネイジャー時代をなんとか生き延びられたような気もします。家と学校で閉じられた世界にインターネットが入り込むことで、どれだけ救われたか。インターネットはあらゆる価値観にアクセスできる利点がありますが、人間って自分とあまりも異なる価値観には自発的にアクセスしないので、結果としてはネット上でも自分と同じ価値観のグループで固まる傾向があると思っています。自分の中で意図して多様性を広げるのは結構ストレスだし、そういうのは現実に生きていれば避けられないものなので、好き好んでネット上でまでやることではないとも思う。それよりも、価値観の会う相手が身近にいない、あるいは少ない場合に効力を発揮するのがインターネットでしょう。物理的な距離を乗り越えてつながれることがどれだけ救いになるかは、体験した人ならきっと知っている。
ありがとうインターネット、私は技術の進歩による明るい未来を信じます。
そしてありがとう藤井太洋、いい小説でした。私は明日からもお仕事頑張れそうです。



以下、ネタバレになる可能性があるので一応隠します。



この本で描かれるIFの世界では、twitterが中国で解禁されるという事象がひとつのターニングポイントになっています。現実の歴史としては、中国はネットを監視していてtwitterは通じないわけですが、小説内のIF世界では突然通じるようになる。中国政府が監視をやめたのではなくて、twitterが監視を受け入れたから、というのがその理由のです。IFの世界におけるこのニュースが主人公に与えた衝撃の強さはお察ししますという感じなのですが、現実世界でそんなことが起きたら、やっぱりかなりの大問題でしょうね。この本の主人公はおそらく著者の分身なのですが、彼はインターネットの自由を守るために立ち上がり、ネット上やリアル世界での多数の賛同者が彼に協力します。そのダイナミックさ、盛り上げ方がうまい。現代における戦いというのは、きっとこんな風に発生するんだろうなと思いました。実際にネットで呼びかけてデモをする時代ですし。
そんなにうまくいくか?という疑問は当然あるものの、魅せ方がうまいので、読んでいてつい盛り上がってしまうのでした。多分実際には、ここまでうまくいかない。しかし写実主義にも空想の入る余地はあるし、これはいいフィクションだと思います。あとここで語られているブロックチェーンマストドンの仕組みって実現化できる/されているんだろうか?とかいろいろ気になりました。私の知識では可能かどうかの判断ができない…

しかしあれならできるのでは、こっちならいけるのでは、とかいろいろ考えるのは面白いだろうな。やっぱり私も何か言語やろうかな。