好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

橋本輝幸 編『2000年代海外SF傑作選』を読みました

2020年がアンソロジー当たり年であったということはいろんなところで言われていますが、この本もその根拠の一つです。2000年~2009年に日本語以外の言語で発表された短編SFのアンソロジー。橋本輝幸さん編集というのがすごく信頼できる感じ! 2010年代版も刊行されていて、そちらもちゃんと買ってありますが、まずは年代順で2000年代から。

しかし2000年代、4桁目に騙されてついこの間のような気がしてしまうけど、実際には20年前ですからね。ハイハイしてた赤ちゃんがお酒飲める年になるレベルですよ。うわ……。私が何してた頃かは黙っておくけど、時代としてはブッシュ大統領時代にあたります。9.11が2001年ですね。

そんな時代の海外SF9篇が収められているのが本書です。内訳は以下の通り。

エレン・クレイジャズ『ミセス・ゼノンのパラドックス』(井上知 訳)
ハンヌ・ライアニエミ『懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)』(酒井昭伸 訳)
ダリル・グレゴリイ『第二人称現在形』(嶋田洋一 訳)
劉慈欣『地火』(大森望・齊藤正高 訳)
コリイ・ドクトロウ『シスアドが世界を支配するとき』(矢口悟 訳)
チャールズ・ストロス『コールダー・ウォー』(金子浩 訳)
N・K・ジェミシン『可能性はゼロじゃない』(市田泉 訳)
グレッグ・イーガン『暗黒整数』(山岸真 訳)
アレステア・レナルズジーマ・ブルー』(中原尚哉 訳)

海外SFなんですが、実際には劉慈欣以外はすべて英語で書かれたもの。やはりSF界は英語が強いのか。全体的にしっかりSFしてて読みごたえがありました。
それぞれの作品に面白かったポイントはあるんですが、全部について言及すると長くなるので、お気に入りのを少しだけ紹介します。


劉慈欣の『地火』は、炭鉱労働者の息子が大学卒業後に中央の役人となって故郷に戻り、新たな技術で自然を支配しようとして失敗する話。劉慈欣は『三体』以外にもこれまでいろんなところでちょこちょこ作品を読んできたので、彼の作風というのがだんだんわかってきたような気がしています。人間の驕りみたいなものがちらちら見えるあたりが、彼っぽい。そして劉慈欣が小松左京に影響を受けたというのも、なんとなく頷ける。雰囲気そんな感じですよね。

「ぼくのアイデアは、炭鉱を巨大なガス発生装置に変えることです。炭層にある石炭を地下で可燃性ガスに変え、その後、石油や天然ガスを採掘するのと同じ方法でとりだし、専用のパイプラインを通じて使用地点まで送ります。石炭の使用量がもっとも多い火力発電所でも利用できます。そうすれば、坑道は不要になり、石炭産業は、現在とまったく異なる、現代的な新しい産業に生まれ変わるのです!」(P.109)

最近どうも炭鉱の話を読むことが多いのですが、事故の多さと人体への影響に代表される労働環境の劣悪さは、炭鉱において避けて通れないテーマです。便利な暮らしの裏側で、高い給金で命を削って働く人がいたということ。
『地火』では、そうした炭鉱労働者の暮らしをなんとかしたいという希望を胸に勉学に励んだ主人公(劉欣という名前だ)が、新しい技術を引っ提げて意気揚々と故郷に帰って来るのですが、もうこの時点で読んでいて嫌な予感しかしない。そして当然、主人公は自然から大いなるしっぺ返しを食らう。
頭でっかちのエリートである主人公に助言するウイグル族の阿古力(アグリ)という男が2枚目のいいとこもってくキャラクタでした。この小説の舞台がアメリカだったら、彼はインディアン系の男になるんだろうな。小説タイトルの「地火」というのは中国語でデイフォ、日本語では地中火というものらしいのですが、阿古力清朝のころから燃えているという地火を見て育ったのだという。このスケール感が大陸ですわな……。
ラストが実に良かったし、劉慈欣ってやっぱり王道のエンタメ作家なんだなと思いました。わくわくさせてくる。すごく面白かったです。


もう一つ、IT企業に勤める者としては『シスアドが世界を支配するとき』は外せない。タイトル見た時から気になってましたが、ITエンジニアあるあるみたいなネタもいろいろ入っていてとっても面白かった。
ある一介のシステム管理者(略してシスアド)である主人公は、夜中に業務アラームで起こされ、妻と生れたばかりの息子を家に残してしぶしぶ会社に向かう。さっさと仕事を片付けるつもりだったけど、世界中の大都市が同時多発的にテロを受けて世界は壊滅状態。バイオテロによってウイルスも蔓延しており、オフィスの外にすら出られないようになってしまう。
あらゆる社会インフラがコンピュータ管理されている現代、実際に手を動かして世界の平和を守っているのはITエンジニアであると言っていいだろう。空港も、病院も、銀行も、証券取引も、あらゆる大規模なシステムがコンピュータで管理され、ある程度自動化されて動いている。動いているのが当たり前だと思っているんでしょ? 止まったら困るでしょ? それを止めないために我々ITエンジニアが毎日働いているんですよ! はい拍手!
作中ではネットワーク管理をしている主人公が、インターネットをなんとか維持して世界を繋げ続けようとする。インターネットはテロリストの通信手段でもあるはずだから閉じた方がいいという意見(おそらく正論)もあるけど、データセンターに取り残された彼らシスアドはそうしない。それが正しい選択なのかどうかというのは結果論だ。シスアドたちはあの時そうして「仕事」を続けていなければ、彼ら自身が生きていけなかっただろう。人間って、そうだよね。正しさだけでは生きられないんだよなぁ。ラストも良かった。
いやぁ、いいですね、コリイ・ドクトロウ。初めて読んだけど、ポップでコミカルで、でもちょっと熱くて。少年漫画っぽいノリがある。他の作品も読んでみようかな。


他にも『ジーマ・ブルー』のちょっとノスタルジックなところも素敵だったし、『第二人称現在形』のサスペンス風味も好きだった。『可能性はゼロじゃない』もいいなぁ。『コールダー・ウォー』みたいな本気の滅亡SFも好きなんだけど、あの戦争の色が濃かった2000年代に、最後に希望を持ってきてる作品が多いのがいいですね。なんというか、それでこそ小説って感じがする。現実からの圧力に屈服するんじゃなくて、跳ね返すためのフィクションであってほしいな。ディストピアも好きなんだけど、いずれ来たる滅亡を回避するためのディストピアであってほしい。結局我々は、肉体が存在する世界から逃げられはしないので。

2000年代SF、とっても面白かったです。次は2010年代を読む!