好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

大木芙沙子『花を刺すーエレガント・エディションー』を読みました

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文学フリマ東京38で購入した『花を刺すーエレガント・エディションー』には、エレガントザリガニこと大木芙沙子さん直筆の回文カードが特典封入されていました。そのカードを栞代わりにして読んでいたのですが、全17作の短篇集、至福の読書時間だった……。
電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」刊行の『花を刺す』を加筆修正かつ作品追加して完成したエレガント・エディションは、明るい黄色を背景に紺の布、そこから顔を覗かせる白いマーガレットとポピーの花。可愛い! 背表紙には存在感のある鰐の後ろ姿とザリガニ。この装丁がこの本の内容と雰囲気を雄弁に語っている……! 装幀・装画は谷脇栗太さん。

全17作、ざっと感想を書いていきます。内容に触れる部分がありますので、未読の方はご注意ください。
なお特に好みだった作品は「金子さん」「ガゼル」「流星ピストル」です。





本書冒頭の「金子さん」のとぼけ具合とさりげないツッコミがめちゃくちゃ好みで、一気に引き込まれました。住宅街のスーパーの店長が初めての金星人パートタイマーを雇う話。どこにでもありそうな地域のスーパーマーケットのバックヤードでいかにもやりとりされていそうな会話の中に、ちょっとした異質が忍び込み、馴染んでいる。大木さんはこういうのがすごくうまい。

「実家はあっちなの? たまには帰ってるの?」
「いやぁ、なかなか帰れないんですよね。自転のタイミングとかもあって。ほかに比べたら、全然近いほうなんですけどね」(P.10)

日常に非日常を潜ませて平然としている作品としては「ともだち」もある。突然彼女に振られた、鰐と同居する男の話。ルームメイトである鰐は大抵浴槽にいて、僕がお風呂に入るときは場所を明け渡す。ふたり(一人と一頭?)ともプリキュアが好きで、主題歌も歌える。ふたり(一人と一頭)はプリキュアみたいにかわいらしくはないかもしれないけれど、彼らは確かにプリキュアだ。

また感情の機微に注目して読みたい作品群もある。「穴子プリン」は山本十鱒と彼の義理の祖母ミツエ、彼の妻百恵の話。たった4ページの掌編に詰め込まれた各々の心理描写、すれ違いと出会いの繊細さ。似たような心のもやもやをもうちょっとポップよりに書いたのが「ミヤツ子日記」かなという印象。稲刈の翁 a.k.a. 狸のミヤツ子がかぐや姫を育てる話、というとさすがにちょっと端折りすぎなのですが。益荒男なれど心は乙女であるミヤツ子は男らしくあれという教育を嫌だと思っていたはずなのに、美しく育った娘かぐやに女らしさを強要する。その理不尽さを、コミカルさで巧みにラッピングしている。でもちゃんと伝わるように書いていて、しかも読んでて面白いのだ。この力量がすごい。

おまえはまだ小さいから、何が幸せかわからないんだ。ととがちゃんと教えてあげるからな。(P.105)

こういう心理描写の妙は「よっちゃんはいい子」にも通じるもので、相手をちょっと見下す子どもの傲慢さ、〇〇してあげる、の気持ちが隠しきれずに漏れ出す感じが残酷なほどで、すごく良かった。ラストがめちゃくちゃよいのだ。
残酷な心理描写はさらに、半年先に生まれた幼馴染の優作との友情を描く「あたり」でも発揮されている。『水都眩光』に寄せられた「うなぎ」を読んだときも思ったけど、「踏んじゃいけないものを踏んじゃった」のしまった感の描き方がめちゃくちゃうまくて心臓がきゅっとなる。

表題作「花を刺す」は、コロナで外出制限が出た海外の街(おそらくフランス)に住む夫婦の話。ラストの情景も美しいし、おしゃれな短編映画を観ているようだった。夜分に流星が玄関チャイムを鳴らす「流星ピストル」も海外の街(おそらくフランス)を舞台にしていて、文字を追う私の視界の片隅でミドリ色の星がベランダの手すりに腰かけて足をぶらぶらさせていた。これ、めっちゃ可愛くて好きでした。流星のティーミドの調子の良さが憎めない。
かわいさでいくなら「ようこそ、アンクル・ピカンタ」も童話風でほっこりする。けれど、確かに文体はずっと可愛くて長閑なのだけれど、雲行きは怪しくなり得も言われぬ不気味さが残る。かわいらしいイラストが、だんだんパース狂っていく感じ。ところでこのピカンタってどこからきているんだろう。

可愛い空気からサイコに急降直下する「恋するフランス・ギャル」もよいです。映画マニアの恋人の好みの女の子になるべく奮闘する話。言われるままに歩いてたら全然違う目的地連れてこられてあれっ!?ってなる感がある。本書にはホラー風味の話も結構あって、前述の「よっちゃんはいい子」なんかもかなり怖い部類だと思っている。無限ループはトラウマだ……。サイコといえば「馬喰横山」は地名ではなくて、夜な夜な馬を喰らう夢を見る横山君の話。
「たばこ屋のばばあ」はホラーではないのだけれど、子どもたちの間で勝手に伝説的存在になっているたばこ屋のばばあについての秘密の話。猫派は必見です。週刊少年ジャンプがちょっと早く買える店、あったよなぁ。

馬繋がりでは「馬娘婚姻譚」、名前を持たない美しい娘が世話している馬と親しくなっていく話。これも映像的で、ストリングスの美しい旋律をBGMにしたフィルム映画を観ているようでした。父親が怒り狂って叫んでからのラストまでとか、目に浮かぶ。
美しさでは友人に恋をする少女の心情を描いた「ガゼル」がかなり好きで、私はこういう官能の描き方が非常に好みです。

 秋はさびしいから嫌いだとあなたが言ったとき、私にはそれが嘘だとすぐにわかった。(P.80)

こんなに美しい書き出しがあるのか。女同士の友情と裏切りと、恋情が内包する暴力性とか、そういうのがいろいろ詰まっていてたまらなかった。
もうちょっとポップに描いた「バター」はチェスと呼ばれる女の子と一人称俺の女の子との話で、チェスが最高で読むほどに味わい深い。
さらにコミカルに全振りしたのが「安藤仁子料理教室(Love Is Blind)」で、ボディビルダーのトレーニング風景を料理教室の窓から覗き見る話。ところどころ、Blindに関連する単語に英語でルビが振られているのがおもしろい。先生、手羽先ではなくササミならいいですか。

巻末を飾る「朝食みたいなメニューが好き」はアステロイドベルトの巡回バスの運転手が、奇妙な客と交流する話。ごく当然のように地域循環バスを宇宙レベルに引き伸ばした舞台設定が魅力的だ。これは映画よりも演劇のほうが映えるかもな、と思って読んでいました。アニメーションでもいいかもしれない。この話を最後に持ってくるのもニクい。読後感がとてもよく、素敵でした。


満足度高く、すごく良かったです。電子書籍が苦手なので、紙の本に製本してくださって良かったです。