好物日記

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なかむらあゆみ編『巣 徳島SFアンソロジー』を読みました

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「そっとふみはずす」=「SF」がテーマと聞いて、発売前から楽しみにしていた徳島SFアンソロジーを読み終えました。

Kaguya Books印ではあるものの、かぐやさんがこれまで刊行してきたSFアンソロジーとはまったく違う雰囲気であることが印象的でした。こんなSF読んだことない。そして、まったく違う雰囲気であるにも関わらず、根底に通じるものは同じだった。不思議だ。かぐやさんはこれからいろんな地域のSFアンソロジーを出していく方針のようなので、それぞれの色合いの違いが楽しみですね。それは土地の色なのかもしれないけど、それよりも編者の色のほうが濃いのではないか。そしてそれは歓迎すべき違いだと思ってます。いろんなSFを見せてくれ!
「執筆者よもやまばなし」でも書かれていたけど、これでまた少しSFの裾野が広がったと思うし、どんどん広がってほしいと思っています。SFもグラデーションであってほしい。

私は徳島にはまだ行ったことがないけれど、行ったことがないくせにちょっと近くに感じられるようになった。それは本を読むことの楽しみのひとつでもあって、眉山とか、島田島とか、具体的な地名は行ったことのない土地との距離をぐぐっと縮めてくる。ネット上でやりとりするときにバイネームで呼び合うことで、その人の存在感が浮かび上がってくるのとちょっと似ている。『ユリシーズ』を読んだときも思ったけれど、匿名と固有名詞とは、どうしてこんなにも質感が違うんだろうな。

ゆったりとした時間の中で、いい塩梅にふみはずした読書体験ができました。
以下、収録作品の感想を書いておきます。ネタバレはないつもりですが、未読の方はご注意ください。


前川朋子「新たなる旋回(前編)(後編)」
本書の最初と最後に収められた徳島の写真。これが徳島のどこなのか私にはわからないけど、見る人が見ればわかるのだろう(たぶん)。
でも有名どころという雰囲気ではなく、人が生活している風景だった。生きている場だ。


田丸まひる「まるまる」
短歌が埋め込まれた詩。このアンソロジーで一番印象に残った作品です。度肝を抜かれて、ちょっと泣きそうになった。
タイトルのまるまるを詩から拾い上げるのも楽しいし、冒頭に置かれた短歌だけ見ても格好いいし、/と●で示された五七五七七に入ることばを探るのもいい。
そして五七五七七を隠すのが/と●なのもいい。●はバランスよく安定しているように見えるけど、ダンゴムシのように外界を遮断しているのかもしれない。添えられた/は振り払うジェスチャー、墜落する隕石、切断された身体か。時を刻む秒針か。背中の境界線か。
めちゃくちゃ好きです。何度でも読みたい。



小山田浩子「なかみ」
ずっと忘れていた夏の思い出の話。
私は田舎の親戚が存在しない都会っ子だったので実体験としてこういう経験がないのですが、田舎の夏休みってこういうものなのか。
妊娠中のトモちゃんは、手にしている鹿の皮の正体を知ったらどう思うんだろうな。ファスナーのなかみ、トモちゃんのなかみ。
しかしメルカリって、面倒ですよね。私もメルカリ出すよりは捨てる派だ。



久保訓子「川面」
裏の川面を牛糞が流れてくる家に引っ越してきた奥さんの話。
ごくごく自然に奇妙さを混ぜ込んでくるので「お、おう……?」と思いつつそのまま読み進め、その勢いで最後まで押し切られた。そういうの、とても好きです。ナチュラルな狂気はよい。
グレがわからなくてググった。たぶん食べたことないな……



田中槐「三月のP」
窓から宇宙人が来る話。
冒頭で、映画版『最後にして最初の人類』を思い出した。でも20億年後の人類よりもこの宇宙人はなんか愛嬌があるな。「(ような気がした)」はコミュニケーションの第一歩だと思う。ぱあっと明るくなるPがかわいい。こんな宇宙人ならうちにも来てほしい。



高田友季子「飾り房」
しばらくぶりに墓参りに行く話。
親の介護、交通の便の悪い寺、手入れのされていない墓。暗いモチーフのオンパレードにびびりまくりでしたが(たぶん同じような事態が身に迫っている人はもっと怖いと思う)水鉢ずらした後の展開がすごい迫力だった。いや困るわな、と思うけれど、必死な老人の描写が素晴らしくて、読んでいるこっちも息を呑んでしまった。

「場所の問題ちゃうわ」
 おまはん何でわからんのな、と老人はいきり立つ。その剣幕に祐子はたじろいだ。皺だらけの顔を赤らめ、唾を飛ばしながら手の中の壺を押しつけようとする。
「無くなってからでは遅いんぞ」(P.90)

すごくよかった。



竹内紘子「セントローレンスの涙」
剣山でキャンプをする話。
ホームレスネコ目線なのがかわいい。猫は虚空をじっと見ると言いますもんね。しゃべる人形って普通にやればホラーなんですが、出てくる人がみんな穏やかだから中和されている。
剣山という場所は初めて聞いたけど、リフトがあるなら登ってみたいな。天体観測もいいな。



なかむらあゆみ「ぼくはラジオリポーター」
元・人気リポーターのミチと、体験リポーターのルルがラジオカーでリポートする話。
不思議な少年ルルくんの穴と白い風船が何なのかずっと考えていた。これ、この世なのかあの世なのか。でもどっちだっていいのかもしれない。
作品全体に漂う優しい気配が心地よかったです。個々のエピソードにほんわかする。



吉村萬壱「アウァの泥沼」
疲弊する父子の話。
何もできない状態の父の描写が真に迫っていた。チラシの文字と数字の混濁具合の表現、いいなぁ。ラストの締め方も好きだ。
アウァは阿波でいいんでしょうか。土地勘がないので島田島をググって、大塚国際美術館との位置関係を把握しました。蓮が好きなので行ってみたいけど、車がなければ厳しそうだな。



表紙の挿画も決して明るくはないのに柔らかく、本の雰囲気にとても合っていて素敵。
充実の一冊でした。