好物日記

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ねじれ双角錐群『故障かなと思ったら』を読みました

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2022年11月22日(日)に東京で行われた文学フリマにて入手した、文芸同人・ねじれ双角錐群によるSFアンソロジーです。
ねじれ双角錐群さんは以前の文学フリマで発売前から噂になっていた『来たるべき因習』を読んでから、毎回チェックして買うようにしてます。だって面白いので! 高名なサークルさんなので売り切れちゃうかも、と思い今回もかなり早めにささっと買いに行って無事に入手できました。嬉しい。

今回のアンソロジーのテーマは《取扱説明書》だそうで、そのチョイスが広すぎず狭すぎず、ちょっと笑えて良い。まえがき(なのか?)から取説としての形式をパロディしていて非常に好きな雰囲気です。しかしテーマとして《取扱説明書》を持ってきた経緯が非常に気になるんですけど、ハイセンスすぎませんか。どうやってテーマを決めているんだろう。そして一口に取説といってもいろんな取り上げ方があるものだ。多分創作者の傾向のバランスが良いのでしょう。みんなが同じ方向に行かないところがいい。アンソロジーの醍醐味ですよね。
上記リンク先に記載された目次の通り、小説7作と短歌(10首)が収められているのですが、せっかくなので各作品ごとに、一言程度ではありますが、簡単な感想を書いておきます。未読の方はご注意ください。





01 「森/The Forest」 石井僚一
昔恋人と共に訪れた森を、今の恋人と共に訪れる話。
全体に漂うノスタルジックな雰囲気が良い。6月のしんめりとした森の描写が美しかったです。短い掌編だけど、適切な長さにまとまってる感じ。
え、取説?と思ったけれど、ちゃんと取説だった。


02 「取説ばあさん」 小林貫
路地裏で紙の取説を求めて追いすがる老婆に出会った男の話。
ニューロマンサー的なルビの振り方が古き良きサイバーパンクって感じで、ネオンギラギラでごみごみした雰囲気を醸し出している。好き。そういうところには怪しい都市伝説があるというのも、ちょっと懐かしい感じ。
しかし紙の取説って、データとは違う良さがありますよね。


03 「私の自由な選択として」 笹幡みなみ
足裏の特定のツボを押すと自由意志信念が高まることを発見した研究者の話。
テッド・チャンの『不安は自由のめまい』のオマージュ作品で、エピグラフに引用が掲げられている。並行世界には無限の可能性があるので、新たなバリエーションが読めて嬉しい。ラストが爽やかでとても良かったです。あとタイトルが好き。


04 「故障とは言うまいね?」 Garanhead
難関国家資格『マニュアリストロ』を最年少で取得したボーイがミーツ・ガールする話。
私はものづくり業界に疎いのですが、概ねこんなふうに品質保証しているのかな。(AOFって何?と気になってググった。)些細な仕様変更が他に影響をおよぼすのはどこも同じなんだな、というお仕事小説として楽しみました。バリバリの取説小説!


05 「直射日光の当たらない涼しい場所」 全自動ムー大陸
短歌十首。
適切な保管場所としてしばしば指定される「直射日光の当たらない涼しい場所」ってどこだよ、とは割りといつも思ってます。3首目のねじが好きでした。しずかな場所でひっそりと育つ雰囲気。あと電池がつよそうな名前なのわかるけど、「強そうな」ではなく「つよそうな」が子供の名残って感じで好きです。


06 「子供たちのための教本」 murashit
役所から届いた死亡内定通知書兼指示書に従う子の話。
とても好きだった。冒頭から頻出する()で括られた注釈のような挿入文が気になってはいたのですが、ラストでめちゃくちゃ効いていておおお、とテンション上がりました。こういうのすごく好き。ごく普通の田舎町かと思えば全然普通ではないことがじわりじわりと明かされていくのも良い。そういう不可思議さには額に前髪の張りつく夏が似合う。子どもたちが一回り大きくなるのはたいてい夏なのだ。
しかしほんとうに、ラストが良いな。


07 「沼妖精ベルチナ」 鴻上怜
新入社員の教育に苦労する人事部中堅社員が妖精さんとミーツする話。
私もインフラ系の仕事をしてサブロクの制限と戦いながら働いているので、随所で「あぁー……」というところがあり笑わせていただきました。「リスキリングで蝙蝠感覚を習得すれば多少暗くても平気だ。」からの台詞とかお気に入りです。インターネットエクスプローラーはやばい。


08 「閲覧者」 cydonianbanana
縮尺一分の一の地図を、マンションの一室を探索する話。
これは、私、好きでしょ! と叫びたくなる好みの話でした。紙面で実験的なことをされると弱いのだ。わくわくしてしまう。
執拗なほどの事物の羅列が、最近読んだペレックを思い出してニヤニヤしていた。静物描写って簡単なようでいて難しいんですよね。語彙力と構成力が問われる。本棚のラインナップも良いけど、作中作についてのテキストエディタも面白い。
私の知識やら理解やらが追いついてない部分が絶対あるので、他の本を読んで時間をおいてから、あと三周くらいはしたいです。納得の大トリでした。


満足の一冊でした。次回も楽しみにしています!