好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

グローバルエリート『WORK マンモス大合成』を読みました

globalelite.black

2020年は地球レベルでいろいろありましたが、私にとっては「初めて文フリに行った年」でもありました。文フリ=文学フリマ。ずっと気になってはいたのですが行ったことは無く、しかし今回売り子のお手伝いをする機会を得て遂にデビューしました。いろんなブースがあってとっても面白かった。

そこで買った本の一つが『マンモス大合成』です。SFサークル・グローバルエリートのアンソロジーで、下記5作品が掲載されています。

元壱路『マンモス大合成』
維嶋津『美しい未来のために』
架旗透『ネコニンゲンのドグマ』
零F『自分によく似た他人』
髙座創『白の回路』

正直同人作品って普段全然読まないのですが(刊行される本に追われて手が回らない)、面白いですね。
本書のようにフリマ会場で冊子という形式で頒布する場合にはデザインにもこだわりたいのが人情。グローバルエリートさんは文庫サイズで持ち運びに便利でした。そしてサークルのロゴが格好いい……。作品ごとの表紙もおしゃれです。
ちなみに全作品通じてバイオSF系だったのは、刊行にあたってゆるやかなテーマを決めているのだろうか。偶然なのかな。

凄いなぁと思ったのは、本気でSFしてるところです。しっかりとサイエンスでフィクションしてるところが、本気のSFサークルなんだなと感じられてとても良かった。もちろんSFなのでフィクション部分はあるんだけど、サイエンス的な部分での説明をしっかりしようとしているところが信頼できる書き手という印象です。
小説って、読むのは正直誰でもできると思う。しかし書くのは、文章力とかは当然求められるスキルではあるけど、それとは別に題材に対する一定の知識も必要になるはずだ。論文もそうだし、仕事もそうだけど、文章を書くときって、文字になるのは書き手の頭の中のほんの一部でしかなくて、その後ろにその一行を書くために調べたことが山脈の如く控えているはずなのだ。特にSFを書こうと思ったら、その小説に出すテクノロジーについてある程度説明できるレベルの知識が必要になるだろう。それなりに詳しくないと途中で苦しくなってきて、多分すごく薄っぺらな文章になってしまう。
でもこのアンソロジーに載っている作品は、どれもしっかりSFしていてびっくりしたというのが正直なところです。本気度が凄い。皆さんお仕事何されているんだろう……

面白かったのでそれぞれの短い感想を書きますが、ネタバレを含むので一応隠します。
kindle電子書籍化予定とのことなので、未読の方はお読みになってから続きをご覧いただくことをお勧めします。


ということで、以下はネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

・元壱路『マンモス大合成』
小学5年生の少年がマンモスと合体する話。
いや最初は小学生がマンモスを生み出すのかと思ったんですよ。違った! マンモス「を」大合成するんじゃなくて、マンモス「と」大合成するんだった! え、そっち?? という感じで笑ってしまった。動物園のお姉さんの説明が分りやすくて、小5レベルの知識しかない読者にはありがたかったです。話の運びが若干力業っぽいけれど、面白いからいいや。

・維嶋津『美しい未来のために』
バイオエタノール燃料を使って一旗揚げようと東京からUターンしてきた元エリートの話。
私はずっと都会育ちなので、地方の生活というのがどういうものなのかイマイチわからないのですが、今でも農協ってこんな感じなんだろうか。高齢化した地方の農家復興作戦だけでもバイオ系と政治系の掛け合わせなんだけど、さらにAIを使ってその人らしさを再現するというIT系の要素を掛け合わせてきているのが面白い。バイオ系農作物についてはよく知らないけど、実際こういうのあるんだろうなぁと想像できる。しかし何よりも、118ページからの怒濤の畳みかけが凄く良かったです。

・架旗透『ネコニンゲンのドグマ』
人体の仕組みが解明され医療が不要になった世界で仕事にあぶれる医療関係者の話。一番好みの作品でした。
医療不要世界のギミックとなっている「生体メッセージエンジン理論」、臓器同士がメッセージのやり取りでコミュニケーションをしているというのが、面白くてにやにやしてしまった。医者の診察が不要になり製薬会社が医療を支配するようになった世界で、仕事にあぶれた医者(マッドサイエンティスト)が怪しげな人体実験をする、その実験対象となった人の作中での呼び名が「ネコニンゲン」。しかし個人的にツボだったのが、ネコニンゲンかどうかを判断する基準が「胴が伸びる」かどうかであることです。せっかくあんなに可愛い生き物を素材に持ってきてるのに、そこを基準にするとかなんてマニアックな……!
周りのキャラクターが濃いだけに、ノエルがノエルである理由があまり見当たらずもったいないように感じました。イワセは嫌いじゃない。
組み合わせるのが他の動物だったら……とか考えて楽しかったです。でもやっぱ、ネコだからこそのネコニンゲンだな。

・零F『自分によく似た他人』
誰かに追われているという強迫観念から失踪に至る病である「逃走症候群」をめぐる話。
「逃走症候群という病の存在がメジャーになってから患者数が増えた」というのがリアル。本当に「そう」なのか、病気を知って自己暗示的に「そう」なったのか、自覚的に「そう」であるふりをしているのかは判断が難しいよなぁ。大学の研究室での会話と「池袋」の描写との、行ったり来たりの演出がいい感じ。ラストがめちゃくちゃ良かったです。終わるならここだ、という一点を逃さない。
しかしカメラってチョイスがいいですよね。追いかけられる強迫観念を持つらしい人物が、対象を追いかける機器を使って撮った「写真」というモノを手にしてるっていうのが、すごく良い。

・髙座創『白の回路』
ヤバい系の仕事仲間から、創薬AIで最高のドラッグを作る指令を受ける話。
繁華街からちょっと入ったところの雑居ビル感が良い。無理のない話の流れでゴールまで連れて行くの、すごいなぁ。何がセーフで何がアウトかという永遠の命題とか、この道しかないと思っているところで横壁ぶち破る快感とか、いろいろ入っていて楽しい。制服絞り込んでいく場面がお気に入りです。何故かすごくわかる……となってしまった。


2021年春の文学フリマでも新刊頒布予定らしいので、楽しみにしてます。