好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

翻訳ペンギン『翻訳編吟 13』を読みました

2023年11月11日(土)の文学フリマ東京37にて入手した『翻訳編吟13』を読み終えました。
『翻訳編吟』シリーズは海外小説の翻訳アンソロジーで、毎回文学フリマに行くたびに新刊を買っています。私が持っているのは11号からなのですが、残念ながら次号で終了とのこと。寂しいけれど、次号は出るので楽しみにしておこう。

さて、今回は下記7編の小説が収められていました。
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アルジャーノン・ブラックウッド「ダッフルバッグ」(伊東 晶子 訳)
作者不詳「黒いルドルフのミサ曲~クリスマスの物語~」(野島 康代 訳)
ヒューム・ニズベット「古い肖像画」(青山 真知子 訳)
セアラ・オーン・ジュエット「感謝祭前日の夜」(小椋 千佳子 訳)
フランク・R・ストックトン「ロンディーン町の時計のはなし」(斎藤 洋子 訳)
チューダー・ジェンクス「ドラゴンのおはなし」(青山 真知子 訳)
アンドルー・ラング「怠け者のアプレイウス」(澤田 亜沙美 訳)
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今回はクリスマス特集でしたね。寝る前に一編ずつ読むのがお気に入りの読み方です(怖いのもあるけど)。
それぞれの感想を以下に書いておきます。ネタバレはしていませんが未読のかたはご注意ください。

なお、記事を書いている途中から無性にミサ曲が聞きたくなって、このブログを書いている間のBGMはモーツァルトの戴冠ミサ曲でした。


■アルジャーノン・ブラックウッド「ダッフルバッグ」(伊東 晶子 訳)
弁護士の秘書をしている男性が凶悪殺人犯の裁判を終え、クリスマス休暇をアルプスで過ごす前夜の話。
ブラックウッド!! 翻訳編吟12の冒頭の「事前従犯」もめちゃくちゃ好みでしたが、今回はよりホラーテイスト。挿絵に男性が一夜を過ごす部屋の間取り図が載っているんですが、これだけでぐぐっと殺人の気配が増すな……
あまりに怖くて、寝る前に読んでちょっと後悔した作品のひとつ。でもとても好きでした。扉絵がシンプルながら味があって良い。


■作者不詳「黒いルドルフのミサ曲~クリスマスの物語~」(野島 康代 訳)
悪事を働き巨万の富を築いたルドルフの未完のミサ曲の話。
作者不詳ではあるけれど、著者の推測はされているらしい(作品末尾の【作者について】より)。教訓的な話はやはりクリスマスが舞台になるのか。
悪事を働いたルドルフが実に美しい曲を書くというのが魅力的だ。しかも未完のミサ曲が「グロリア」なのがまた良いではないですか。今回のアンソロジーで一番のお気に入り作品です。
ちなみに作中ではルドルフがミサ曲を書いたのが1608年のクリスマスイヴ、語り手の「私」がその楽譜を取り出すのが1808年のクリスマスイヴなのですが、この年号設定には何かあるのだろうか。ちらっと検索したけどちょっとわからなかった。作品が発表されたのは1896年らしいのですが。


■ヒューム・ニズベット「古い肖像画」(青山 真知子 訳)
古い額縁好きの画家が古い立派な木彫りの額縁を購入する話。
絵の下に絵があるというのはミステリ好きにはなじみのある状況だけど、よりエロティックで非常に良かったです。なんといっても最後の一文がとてもいい。
絵の下に何かあるという状況は、わかっていてもときめきを隠せないものだ。「彫像の中に何かが隠されている」と同じ類のロマンなんだ……


■セアラ・オーン・ジュエット「感謝祭前日の夜」(小椋 千佳子 訳)
かつては貧しい人たちに手を差し伸べていたが、今は老いて借金を背負う身となった老嬢が感謝祭を迎える話。
いろんな小説に出てくる、つらくてみじめな場所の代名詞「救貧院」が今回も出てきてそわそわしてしまった。
見返りを期待しての善行は善行ではないけど、老嬢はまるでそんなこと期待していないところが素晴らしく主人公の器。現実はつらくて報われないのはわかっているんだから、小説でくらい救いがあってくれ、と思う。ハートフルないい話でした。


■フランク・R・ストックトン「ロンディーン町の時計のはなし」(斎藤 洋子 訳)
時計が多いことで有名な町で、時を告げる鐘のタイミングが正しくないことに気づいた女の子の話。
若いってそうだよな……などと思いながら読んでしまうこの身がつらい。自分が一番正しくて、周りの人はみんな間違っていると思っている傲慢さ。そしてそれがくじかれたときの衝撃。生きていくためには少なくとも一度くらいはくじかれておくべきなんだけど、つらいんだよなぁ、というのを思い出した小説でした。
ちなみに私の実家には鳩時計があったんですが、まぁ多少のずれは良くある話でした。45分から0分になるところの上り坂がキツいらしく、鳩も息切れしていた。


■チューダー・ジェンクス「ドラゴンのおはなし」(青山 真知子 訳)
ドラゴンの子どもたちがママドラゴンに寝る前のお話をねだる話。
話をねだるのがドラゴンなので、騎士を含め人間はみんな獲物だし、居心地のいい国も基準が違うのがよい。ドラゴンって、馬には同情的なんだな……
パパドラゴンがチャーミングでかわいいんですが、「わたしたちは次の食事で騎士をおいしくいただきました」が個人的にツボでした。かわいらしさの影に見え隠れする野生の凶暴性が好き。


アンドルー・ラング「怠け者のアプレイウス」(澤田 亜沙美 訳)
魔法の国テッサリアを訪れた怠け者のアプレイウスが災難に遭う話。
テッサリアってギリシャテッサリアだと思うけど、魔法の国扱いされていたのかな。ハッピーエンドで、巻末の話に相応しい話でした。
作品末尾の【作者について】でも触れられていますが、アープレーイユス(アプレイウス)の『黄金の驢馬』が元ネタなんですね。こちらはもっと長いらしい。読んでみたいな。


今回も楽しませていただきました。次号も楽しみにしています!