好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ニール・スティーヴンスン『七人のイヴ II』を読みました

全3巻中の2巻、月が7つに分裂してから700日目の国際宇宙ステーションから物語が始まります。

2年後にやってくると予測されていた<ハード・レイン>=隕石の雨がついに地球に降り注ぎ、箱舟化した国際宇宙ステーションの人々が地球の人々と別れを告げることになるわけですが、こういう別れのシーンというのは見せ場としてありがちなのに、やっぱり泣かせる…。アイヴィが恋人とメールのやり取りをするシーンがめちゃくちゃ好きでした。

地球最後の日に人々がどんな振る舞いをするか?というのはこれまであらゆるフィクションで描かれてきたテーマなわけですが、やっぱりお題として興味深いからみんなやるんでしょうね。発狂する、自暴自棄になる、家族と静かに過ごす、自殺する、などなど。なんとかできる可能性があるひと(だいたいは軍属)は最後まであきらめずに地球を救おうとしたり。あるいはノンフィクションとして、本当にもう絶対助からんだろうという状況(だいたいは戦争)で人々がどう振る舞ったかという話が書かれていることもあります。じゃあ実際自分だったらどうするの?というのは実際なってみないとわからないことではありますが、たぶん右往左往しているうちにタイムリミットが来るのだろうなぁ。
作中でも市井の人々の反応が描かれているけど、安全圏から滅亡を見守る人たちがいるという設定はちょっと珍しい。「誰かが生き残るんだ」という意識はやっぱり地上の人々に何らかの影響を及ぼすんだろうな。大聖堂が崩れるまで歌ったり演奏したりするというのがなんだか妙にリアルで、ぐっときました。

そして地球崩壊と同時進行して、箱舟世界では新しい権力構造が着々と作られていくのが面白い。秩序だった社会でエリート的に生きてきた人間が集まって新しい社会を作ろうとすると、明文化されたルール作りを始めるんだろうなぁ。そして人数が増えすぎると「顧みられない人々」が出てくるのは社会の常で、そうして分断が生まれていくのだろうというのもすごくよくわかる。
舞台が地球であれ宇宙であれ、ある程度人数が集まったコミュニティがあれば政治は生まれ、リーダーが生まれ、反対派が生まれる。万人が満足できる社会を作ることはものすごく難しくて、一時的には成立してもずっとは続かない。誰もがどこかで譲歩して妥協しなくてはならない。そして自分だけが我慢していると感じる人たちが出てくるときはやってくるのです。しかし生き残る、という目的のためには多少強権的なシステムを作らなくちゃいけない、というのもわからなくはない。下手したら共倒れですし。しかしほんとに必要なの?とかそういうことは運にもよるのでどれが正解とは言えないと思うので何とも言えんなぁ。

そしてもう一つ、2巻で語られる重要なテーマの一つが子孫の残し方でしょう。地球の支援なしに宇宙空間で生きていくというのは甘くはないわけで、宇宙線やら人類同士の争いやらで、人類の生き残りも着々と人数が減っていきます。そんな中どうしても避けて通れない「どうやって子孫を残すか?」問題というのに彼らも直面するわけですが…
あんまり詳しく書くとネタバレになっちゃうのですが、限られたリソースで種としての多様性を保持するために、彼らは遺伝子操作を選ぶわけです。そこで避けられないのはレイシズムやら優生学ですよね。個人の性格の傾向が遺伝子に影響されるというとどうしても眉唾っぽいのですが、実際必ずしもゼロじゃないというような研究もあるようで、まぁ論理的にはなんの影響もないなんてことは無いだろうけど、うーん、ここまで踏み込んじゃっていいんですか?と思わずにはいられない。著者の思想の影を感じてちょっと身構えてしまう。作中では多様性を保持するための遺伝子操作となっていて、好戦的な性格も保守的な性格も、善い悪いではなくどちらも人類存続のためには欠かせない素養だという結論に達してはいるんですが、やっぱちょっと抵抗あります。いつだってそんなつもりじゃないところからくすぶり始めるんですよ。しかし目をそらしてばかりではいられない部分なんだろうなぁ…

なんとか人類の存続のめどがつきそうなところで2巻は終わります。最終巻に続く!