好物日記

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高原英理『エイリア綺譚集』を読みました

エイリア綺譚集

エイリア綺譚集

書店に並んだ頃には、まだその存在に気付いていませんでした。幻想文学専用の棚がある書店は少なく、私は外国文学棚は熱心に見ますが、日本文学棚はそこまで真面目に見ないことが多いからです。
しかし、twitterでじわじわと、しかし確実に情報が流れてくるのでした。
グラビンスキとエイリア綺譚集を買った」
「言葉人形とエイリア綺譚集を買った」
最初は海外文学かと思ったのですが、著者は日本人のような名前です。そして国書刊行会の装丁が最高に美しい。気になって軽い気持ちで読んでみたら、もう抜け出せませんでした。確実に今年のベストに入る一冊…!
高原英理、これまで存じ上げず失礼いたしました!

いわゆる幻想文学の短編集なのですが、「夢」に関する話が多いです。うつつとまぼろしをたやすく越境するような小説群。そして小説スタイルのバリエーションに、まずは驚かされました。
冒頭の『青色夢硝子』が私にとっての初高原英理だったので、透明感のある耽美な小説を書く人だなぁと思ったら、次の『林檎料理』は少女小説のノリでちょっと度肝を抜かれる。文体の幅の広い人だな、と思いなおして『憧憬双曲線』を読むとやっぱり少女小説のようではあるが、だいぶ硬質になる。ほほう、と思って『石性感情』でノスタルジックにやられる。『猫書店』でファンタジックに引き戻される。『ほんたうの夏』は透明感のあるSFだ。かと思えば『出勤』の淡々とした語り口とグロテスク趣味のギャップに慄く。衝撃を受けた状態なら『穴のあいた顔』もそこまで怖くはないけど完璧にホラーですね。『ブルトンの夢』ではちょっと冷静になったように見えるが明らかにおかしい。そして再びSF、泣けるディストピアものである『ほぼすべての人の人生に題名をつけるとするなら』、そして最後に書き下ろし中編『ガール・ミーツ・シブサワ』。

めちゃくちゃ濃い読書体験でした。いろいろ集めてみました、という雰囲気がありながら、どれもこれも全部まとめたこれが「高原英理」なんだなって納得できるのは、最後に『ガール・ミーツ・シブサワ』があるからでしょう。このシブサワは澁澤龍彦のことで、事故死した文芸編集者が成仏するため、自身が傾倒していた澁澤龍彦に会いに行き(でも喋れない触れない)、彼の著作や人生について語り批評をするというスタイルの小説。編集者の口を借りて批評をしているのは間違いなく高原英理で、澁澤龍彦中井英夫が選考委員を務めた第一回幻想文学新人賞を受賞したのがまさに高原英理、とは作品には書いていないけど著者経歴にありました。因縁だなぁ。
澁澤龍彦好きにはたまらない「わかるわかるそうだよね」感と、愛してやまないんだけど愛しているからこそ物申す的な批判のバランス、そしてなにより魅力的な愛にあふれた鋭い考察。
特にフェミニズムについての考察がもうすごくて、254ページあたりから目が離せなくなります。ちょっとだけ、引用させてください。

 女性への幻想を描く小説は無数にある。はっきり言ってほとんどが「都合のいい話すんな」だが、小説家というのは悪質で、ひどい話、間違った話、許せない話、でも、面白く魅力的に書いてしまう。そして読者はその酷い話のどこかに、忘れられない大切なものを見出してしまう。汚物の中に僅かに宝石が混じっていて、その宝石があんまり綺麗なので、穢いものに手を突っ込むのをやめられない。
 もちろん限度超えていて読むのも厭になる小説もあるが、最初からこれは許せないと感じる作品は大抵、「内容が許せなさ過ぎ」なのではなくて、単に「あまりに下手なので、作品のよさよりも作者自体が前提としている差別が透けて見えてその低劣さが嫌になる」だけのことだ。つまりそれは小説として失敗していて読むにも価しない駄作なので、そんなのばかり挙げてきて「女性差別だ」と言い出しても、文学全体にはびこる性差別を批判することにならない。一番怖い敵は魅力的な美しい差別の唆しだ。

私はこれ以上明晰でフェアなフェミニズム理論を知らない。
この引用は、どうしても伝えたかったから書きましたが、ぜひとも『ガール・ミーツ・シブサワ』を通して読んでこの箇所にたどり着いてほしい。そしてできるだけ、『エイリア綺譚集』を最初の『青色夢硝子』から順に読んで、そうした後でついにこの箇所にたどり着いてほしい。そしてこの箇所を乗り越えて最後のページまで読み切ってほしい。
なんといっても『エイリア綺譚集』なんですよ、この本は。これまるごと一冊で、そういう本なんですよ。

昨晩寝る直前に読み終わって、脳が興奮状態のままなんとか眠りについて、朝駅までの道のりで内容を反芻していたので、行きの電車では新しく持って出た本が頭に入ってきませんでした。いやぁ、すごい本読んじゃった。

しかし読み終わって改めて装丁を眺めると、素晴らしいですね。この清楚っぽい見た目がニクイではないですか。装丁は柳川貴代さん。実に素敵です。