好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

週末翻訳クラブ バベルうお『BABELZINE vol.3』と白川眞「ラビット・テストと中絶をめぐるSF」を読みました

babeluo.com

2023年5月に発売されていた翻訳サークルバベルうおさんの『BABELZINE vol.3』を読みました。5月に東京で開催された文学フリマで新刊として出ていたのを知っていたのですが……出遅れて入手叶わず……11月の文学フリマ東京でようやっと手に入れることができたのでした。ちなみにオンラインでも買えます。

『BABELZINE vol.3』には全9編の活きのいい小説が収められていました。内容は以下。

===============================
マリア・ハスキンズ「天に輝くいちばんの光」(白川眞 訳)
キャロリン・アイヴス・ギルマン「帰郷」(藤川新京 訳)
アラヤ・ドーン・ジョンソン「ハワイの果実ガイド」(藤川新京 訳)
ジョン・ウィズウェル「百手のキムを鎮めるに際してのガイドライン」(平海尚尾 訳)
レベッカ・キャンベル「大いなる過ち」(藤川新京 訳)
アレクサンダー・ワインスタイン「マイグレイション」(白川眞 訳)
イザベル・J・キム「クリストファー・ミルズの差戻し」(白川眞 訳)
グレゴリイ・フロスト「マキラドーラの聖母」(藤川新京 訳)
ラヴィ・ティドハー「ホエイリアンたち」(鯨井久志 訳)
===============================

読んだことがない作家さんがたくさん掲載されていて嬉しかったです。アンソロジーのいいところだ。
毎回のことながら、今回も豊作ぞろいで素晴らしいラインナップでした。バベルうおさんのアンソロジーなら間違いないって思わせてくれて、実際その通りなの、改めて考えるとすごいな。もう3冊も出てるのに。


そしてもうひとつ、11月の文学フリマ東京では新規にペーパーが販売されていました。それがBABELZINE主宰の白川眞さんによるエッセイ「ラビット・テストと中絶をめぐるSF」です。これが非常に良かったということを、声を大にして書いておきたい。

このエッセイは、2022年にアメリカで発表されたサマンサ・ミルズによる短編SF小説 "Rabbit Test" をよりよく理解するための資料として、アメリカの中絶に関する歴史を紹介したものです。同2022年に発表されたMKRNYILGLDの "The CRISPR Cookbook: A Guide to Biohacking Your Own Abortion in a Post-Roe World" 、ハーラン・エリスンの「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」、フィリップ・K・ディックの「人間以前」、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアラクーナ・シュルドン名義)の「肉」を引用しながら、プロライフ派(胎児の生命を尊重する立場)とプロチョイス派(女性の人権を尊重する立場)とはどのような立場なのかも含めて、丁寧に説明してくれていました。
私が一番いいなと思ったのは、中絶反対派/中絶容認派という呼称ではなく、プロライフ派/プロチョイス派という言葉で、それぞれの立場の人が何を重視しているのかを表現してくれたことです。すごくフェアな態度だと思います。プロライフ派の人すべてが女性をどうでもいいと思っているわけではないし、プロチョイス派の人すべてが胎児をどうでもいいと思っているわけではない。ということを、決して忘れてはいけない。
ていうか、そもそも胎児の生命か女性の人権かの二択みたいな、そういう究極の選択を強制させるような事態に陥らせてしまうことを憎むべきだ。いずれも等しく尊いに決まってるだろ!! 何をそんな、二択にして他人事みたいな顔して済まそうとしてるんだ。産もうが産むまいが、妊娠したという事実がすでに避けられない大きな影響を双方の人生に与えてるでしょうが!!!
……ということを思い出させてくれる、非常によいエッセイでした。こういう問題意識をもって発信してくれるというところが素晴らしいです。ありがとうございました。


『BABELZINE vol.3』については、それぞれの作品の簡単な感想を以下に書いておきます。ネタバレはありませんが、未読の方はご注意ください。


マリア・ハスキンズ「天に輝くいちばんの光」(白川眞 訳)
親の都合で離ればなれになった二人の少女が、一生をかけてゲームをする話。
サイコでホラーでゴシックな雰囲気が魅力的。トップバッターに相応しく、読者を闇の世界に誘い出す。
ちなみに原題は "The Brightest Lights of Heaven" なんですが、いい邦題だ。この天はHeavenなのね、という前提で読むと味わい深い。


キャロリン・アイヴス・ギルマン「帰郷」(藤川新京 訳)
二十惑星世界で人々に愛されている肖像画を管理する学芸員と、その肖像画を製作し所有権を主張する民族の青年の話。
もともと民俗学SFが好きなのもあり、非常におもしろく読みました。肖像画を作った民族がその肖像画を取り返した後に「しようとしていること」の、この設定のうまさがめちゃくちゃ効いている。著者も学芸員が本業とのことなので、なるほどそういう結末になるよな、と思いました。しかしすごくよかった。
あとこれも邦題が非常に良くて、"Exile's End" を端的に「帰郷」としたところに痺れました。


アラヤ・ドーン・ジョンソン「ハワイの果実ガイド」(藤川新京 訳)
吸血鬼が人間を支配するハワイで、人間の強制収容所で看守として働く人間キイと、吸血鬼テツオの話。
ハワイに置かれていた日系人強制収容所を舞台に、強者と弱者が吸血鬼と人間というゴシックな設定で語られるのがよい。熱帯なんて吸血鬼が一番いなさそうなのに、トロピカルなフルーツがぐしゃっとつぶれて果肉をまき散らすイメージがそういう状況を彷彿とさせるので、ありかもしれない。あと吸血鬼という設定がやっぱりとっても官能的なのも良かったです。
著者は大学では日本文学専攻で、京都と沖縄に住んでいたことがあるらしい。だから三島が出てきたのか。ちょうど私は今『豊穣の海』の「天人五衰」を読んでいるところなんですが、この作品で三島の「天人五衰」が言及された理由を、「天人五衰」を読み終えた後でもう一度考えたい。


ジョン・ウィズウェル「百手のキムを鎮めるに際してのガイドライン」(平海尚尾 訳)
大学の付属体育館北側にそびえる「百手のキム像」に関する10の規則。
本アンソロジーの幕間のような、3ページの短い作品。繰り返されるフレーズが醸し出す不穏感がとてもよかった。


レベッカ・キャンベル「大いなる過ち」(藤川新京 訳)
滅びかけた世界で、ひとりの少女のために最高のバイオリンを作ろうとする話。
舞台はカナダ。冒頭からネイチャーライティングのような丁寧な自然の描写が美しい。ずっと黙って運転する描写が続いた後、最初に発話される言葉が「クーガーがいるのか?」なのが、なんとなくリアルな雰囲気を醸し出していて好きです。映像が目に浮かぶようだ。全体的に、とても美しい作品だった。厳しく寒い世界で、鬱屈を切り裂くバイオリンの音。高く響け。


アレクサンダー・ワインスタイン「マイグレイション」(白川眞 訳)
バーチャル世界で息子がドラッグをやっているのではと心配する父親の話。
親が子どもを心配するのは、人類が滅びるまで繰り返されるのだろうなぁ。私自身はそもそも家族とは何なのかと首をかしげたくなるタイプですが、愛情をもって接することの大切さなら、合意できる。リアルであることにそこまで価値があるとも思っていないし、リアルの不確実性を疎ましく思うけれど、その不確実性がないと退屈で死ぬのもわかる。マックスに代表される子どもたちのフラストレーションをすべて解消することはできないし、きっとどんな時代にも不満はある(それが人生だ)けれど、どうかいろんなことを感じて育ってほしいと思っている。外が危ない世界でごめんね。それは大人の責任なんだよ。


イザベル・J・キム「クリストファー・ミルズの差戻し」(白川眞 訳)
死者を蘇らせて証人尋問を行うことが合法化されたアメリカで、死後7年目に妹に死霊術によって墓から蘇生させられたクリストファー・ミルズの話。
今回のアンソロジーで一番好きだったのはこれです。ユーモアがあって、ちょっとしっとりしていて、でも都会っぽいドライなトーンがとても好み。
気持ちよく墓場で寝ていたところを無理やり起こされて自分の死の真相を語れと強制される哀れなクリストファー! 強気な妹アンジェリカとのやり取りが、しかしクリストファーはゾンビであるという事実が際立たせる。すごくいい。一つ前の「マイグレイション」同様、私は親愛の情のやるせなさに弱いのだ。そんなの出してくるなんてずるいよ。ラストの盛り上がりが素晴らしかった。


グレゴリイ・フロスト「マキラドーラの聖母」(藤川新京 訳)
メキシコにある米国資本の工場(マキラドーラ)で、とある工員が聖母マリアのお告げを受ける話。
作品自体は2002年に発表されたものなんですが、20年経っても同じ問題意識をもって読むことができる作品であるというのは、なんというか、何ともいえんな。主人公は工場に現れるという聖母の謎を解くために(つまりペテンを見破るために)行動する。作中で主人公を指す代名詞が私でも彼でもなく「あなた」であることは、読者にアメリカ人を想定しているからなのだろうけれど、日本人であっても「あなた」と呼びかけられて然るべきであるということを、忘れたくはない。


ラヴィ・ティドハー「ホエイリアンたち」(鯨井久志 訳)
アメリカの上空に突如現れたホエイリアン=クジラ型異星人がユダヤ教徒になりたがる話。
ゲスト翻訳者として参加した鯨井さんによるドタバタコメディSF。めっちゃ笑いました。アンソロジーの最後にこれを持ってきてくれてありがとうございます。「オースン・スコット・カードとの会談はどうです?」あたりで、これは電車で読めないやつだと理解しました。ネタが多くて訳すの大変そうなところもいろいろありましたが、さすが。面白かったです。
ラヴィ・ティドハーはハルコン・SF・シリーズの『金星は花に満ちて』と、短編をいくつか読んだことがあるのですが、こんな軽快なコメディまで書いているとは知らなかった。もっと好きになりました。


BABELZINE vol.4 も楽しみにしています。ありがとうございました。