好物日記

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山本周五郎『赤ひげ診療譚』を読みました

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

祖母か父か、どちらかの蔵書だったのを実家の引っ越しを機に貰ったものです。自分ではまず選ばないであろうジャンルですが、自分で選ぶ本ばかりだとどうも偏っていけない。表紙の絵が安野光雅さんで和む。
江戸時代を舞台に、小石川養生所の医員見習に任命された長崎帰りのエリート・保本登を主人公にした連作短編集です。もともと雑誌に連載されていたもので、全8編の作品それぞれ個別にも楽しめます。けど前の話を踏まえた部分もあるので、続けて読んだ方が面白いとは思う。
タイトルの赤ひげというのは、小石川養生所のボスである新出去定のあだ名です。小石川養生所は実在の施設のはずだよなと思って軽く調べたところ、赤ひげ先生と呼ばれる人も実際にいたようですね。小川笙船というのがその人で、wikiによれば本書の赤ひげのモデルになっているとのこと。

小石川養生所を舞台に選んでいるので、出てくる患者は主に貧民、あるいは後ろ暗い人たちです。山本周五郎ってたぶん初めて読んだくらいなので作家に対する作品イメージが全く無いのですが、文庫に書かれた著者紹介によれば、庶民の暮らしを好んで題材にする人らしいですね。主人公の登は長崎遊学から戻ったら江戸の御目見医になる約束があったのですが、いろいろあって小石川養生所の医員見習として働き始めます。新出に感化されて真面目に働きだすまでの描写が端折られすぎな気もしますが、最終的に貧民に対して寄り添う態度になるのは、山本周五郎の態度の表れだと思うし、その優しさがあるから人気があったんだろうなとも思います。

特に新出はかなり直情径行型のタイプでしょっちゅう怒ってるけど、貧民に対しては基本的に同情的です。衣食住足りて礼節を知るのだと、自分に言い聞かせている。登は新出に感化されて「良き医者」になっていくけど、この作品における新出は聖人ではない。そしてもちろん登も聖人ではない。それでも役どころとしては善人です。
特に新出のスタンスを示すものが「徒労に賭ける」の話でしょう。新出はやくざな若者に同情し、貧困と無智によって背徳や罪悪が生まれることを嘆く。彼らの悪徳は環境によるものだして、罪を憎んで人を憎まず、と自らに言い聞かせてこらえようとする。
しかし小石川養生所で多くの経験を積んだ登は、「氷の下の芽」の話でそんな新出にNOと言うのである。

「どうもいけない」去定は口の中でぶつぶつと云った、「ちかごろどうも調子がおかしい、あんなにどなったり卑しめたりすることはなかった、あの女は無智で愚かというだけだ、それもあの女の罪ではなく、貧しさと境遇のためなんだから」
「私はそうは思いません」と登がいった。
去定は眼をあげて登を見た、「おまえが、そう思わないって」
「貧富や境遇の良し悪しは、人間の本質には関係がないと思います」と登は云った、(後略)(P.302)

貧しい環境にも善人はいるし、恵まれた環境にも悪人はいる。新出の考えと登の考え、どちらかが正しいわけではない、きっとどちらも正しいのでしょう。環境のせいにするな、お前が愚かな振る舞いをするのはお前の心が弱いからだ、と言われるのは、結構堪えるけど真実だ。しかし環境におしつぶされて身動きがとれなくなることもある。
この作品が雑誌に連載されたのは1958年です。戦争に負けて10年ちょっと。「もはや戦後ではない」と言われたのが1956年。朝鮮特需もあって儲ける人は儲ける、けど苦しむ庶民がいなくなったわけではない、そんな時代に山本周五郎は何を思っていたのか。

しかし現代でも十分に通じる話だよなと思えてしまうのが、なんだなぁ。江戸時代でも現代でも人の心は同じなのね、というのは歴史小説を読むときによく言われることだけど、フィクションならそんなのは作者の力量次第でどうとでもなる。縄文時代だろうが近未来だろうが人間が二人いればストーリーは生まれる。ただ、現代でも十分に通じるということに私が複雑な気持ちを抱いているのは、戦後の記憶も生々しい1950年代に作者が弱者に向けた視線が、21世紀を迎えた今でもきっと変わらないだろうこと、立場の弱いひとたちの辛さというのは大して変わらんもんなんだなと納得してしまえるところです。そりゃそうだってわかってはいるけど、へこむ。もう50年も前の話なのに。誇れることではないよなぁ、社会は確実によくなってはいるはずだけれど。

それこそ新出の言うように、徒労かもしれなくてもやっていくしかない、そこに希望を持ち続けるしかないのだろうとは思います。あきらめてゼロにしたらもっとひどくなるんだろうし。ただ、環境のせいだけにしてはならんという登の厳しさも当然必要で、どちらか一方ではダメなんだろうな。バランスが大事なのだ。

よい小説でした。