好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ロジェ・グルニエ『黒いピエロ』を読みました

黒いピエロ (lettres)

黒いピエロ (lettres)

グルニエは『書物の宮殿』でその存在を知って以来、お気に入りの作家です。BOOKOFFなんかではまずお目にかかれないのですが、古本屋で見かけたときにはすかさず買うことにしています。これも以前古本屋で見つけて買っておいたのを、グルニエの文章が恋しくなって手をつけたものです。これまでは随筆しか読んだことがなかったのですが、初めて小説を読んでみました。あぁ、でも、好きだなぁ。

フランスの小さな田舎町で暮らす「私」が、幼馴染の金持ち息子や好きだった女の子との思い出を中心に半生を語る小説です。
多分著者自身と同じくらいの時代設定なので多分自身の経験もかなり入っていそう。戦争に行ったりナチ支配下の町でレジスタンスの手伝いをしたりする「私」に名前は与えられていません。さして大きな展望もなく、自分の意志などないように、基本的にずっと生まれ育った町でふらふらしている。小さな町なので、自分の好きな人が友人の恋人になったり、元友人の恋人と結婚したりするクローズドな世界だけど、「私」は好んでそんな箱庭的世界に居続けている。
お祭りの縁日のメリーゴーランドに始まり、メリーゴーランドに終わるこの小説自体が非常にクローズドな構成です。「私」はメリーゴーランドのようにいつまでも同じところをくるくる回り続けている。

舞台となる町の名前について作中では触れられていませんが、訳者あとがきにてフランス南西のポーであることが明らかにされています。グルニエが青年時代を送った町で、グルニエ自身はノルマンディー出身だけど、ポーの作家として認識されているのだとか。
日常の描き方が非常に映画的で、古いフランス映画を見ているようでした。少年たちが自転車で金持ち息子のお屋敷の庭に乗りつけるところとか、紫煙がこもるカフェで向かい合う男女とか、まさに目に浮かぶようではないですか。
山田稔の訳もいいのでしょうが、グルニエの文章には詩情がある。みすず書房のレイアウトも良くって、この広い余白に余韻を感じる。河出書房の純文学系の本も余白広めのレイアウトだったはずですが、やっぱり文学書の余白は大事ですね。長編だと採算的にそこまで余白を広く取れないこともあるだろうけど、やっぱり真っ白な紙にタタタタタ、と清楚に文字が並んでいてほしい。

グルニエはすでに亡くなられていて、日本語の既刊も限られているのがとても寂しいです。まだ3冊くらいしか読んだことがないので、ほかの作品も読み尽くしたいのですが、読み尽くすのは惜しい気持ちもあるので、時機を選んでちびちびと進めたいと思います。