好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

アンナ・スメイル『鐘は歌う』を読みました

鐘は歌う

鐘は歌う

久々に長編ファンタジーを読みましたが、やっぱりファンタジーは良いですね。
著者は1979年生まれ、本書は原語版が2015年に刊行、邦訳版は2018年刊行。古典の王道ファンタジーもいいけど、現代の作品も世相を写していて、また良いものです。

主な舞台は〈大崩壊〉後のロンドン。人々は記憶を保つことができず、一晩寝たら前の日にあったことを忘れてしまう。朝な夕なに鳴り渡るカリヨンの音色を聞き、その旋律で語られるストーリーを再確認することで人々はかろうじて自我を保つことができる。言葉よりも音の並びが重視され、文字は失われている。一晩経てば消えてしまう思い出のよすがを保っておくために、人々は「記憶物品」に思い出を閉じ込め、その物品を大事に保管している。
そんな世界を支配する〈オーダー〉(秩序)に立ち向かう少年が主人公です。ディストピア小説だよなぁ、これ。
欲を言えば〈オーダー〉側の言い分がもうちょっとあっても良いのでは、と思うところもありますが、これ以上詰め込んだらストーリーをまとめるのが難しくなるだろうなとも思う。あとロンドン以外の都市がどうなっているのかも気になりました。〈オーダー〉の支配はどこまで及んでいるのか。

なおこの小説での特徴のひとつが、人々が音楽を意思伝達の主要な手段にしていることです。目的地までの道順や市場の呼びかけもすべて旋律で表す。あらゆる音が語りかける。音楽が心を揺さぶることは大いにあることだし、言葉にできないニュアンスを旋律に込めることは昔からされてきたことですが、日常生活での意思伝達手段のメインが旋律というのが好みの世界観でした。音楽語のようなものではソレソ語とか、映画『未知との遭遇』なんかが思い浮かびますね。そして作中でバッハのプレリュードが演奏されていたりして、やっぱり名曲だよねぇ!と嬉しくなったり。
そしてこの「音楽で意思伝達する世界」という美しいイメージと、人々の暮らしの不自由さのギャップがまた良い。街に鳴り響くカリヨンはさぞ美しい音色だろうけれど、セイレーンの歌声もまた美しいのです。

ちなみに私は最初、少年の成長を背景としたファンタジーのつもりで読んでいたのですが、254ページで、あ、これは新時代のファンタジーだ、と思いました。古典にはない視点がある。主人公が否定した既存の価値観も、そして彼が提示した新しい答えも、新しい時代のものだなという感じ。まさに現代文学の面白さだ。

しかしこういう小説の舞台に実際の都市をどこか選ぶなら、それはパリではなくニューヨークでもなく、ロンドンなんだよな、と思います。この話では特にレイヴンが象徴として使われているので、ロンドンでなければならなかったのでしょう。都市ブランドだなぁ。

表紙の美しい挿画はjunaidaという京都の画家さんの絵。色の塗り方が好みだ。公式サイト見てみたら出されている絵本がめっちゃ可愛かったです…
www.junaida.com