好物日記

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映画『最後にして最初の人類』を観てきました

synca.jp

ヨハン・ヨハンソンの遺作だというので、何が何でもスクリーンで観ねばならん! と思い、直行直帰で行ってきました。壮大なサウンドノベルという感じで、非常に好みでした。万人受けではなさそうですが、私にはどストライクで、がっつりと心を鷲掴みにされました。もう一回観に行きたいくらい。

ちなみに私はヒューマントラストシネマ渋谷で観ました。ここにはodessa vol+という特設シアターがあって、お値段そのままでワンランク上の音響で観ることができます。これが、もう、最高で! やっぱりこれは音がとても大事な映画なので、これから渋谷で観るつもりの方はぜひodessa vol+での鑑賞をお勧めします。(上映時間によってシアター変わるので、予約時に注意)

なおこの記事では映画の内容に触れています。未鑑賞の方はご注意ください。




『最後にして最初の人類』は、約20億年後の太陽系で絶滅の危機に瀕した人類の末裔からの、時空を超えたメッセージを伝えるという内容の映画です。
約20億年後、何度も苦難を乗り越えながら進化を重ねて「第十八期人類」となった人類の末裔。彼らは太陽系に進出し、テレパシーで意思疎通を行い、集団的意識を持つ。しかし太陽に異変が起きた影響で、彼らも滅亡しつつある。

パンフレットに載っていたヨハン・ヨハンソン自身の言葉のように、この映画版『最後にして最初の人類』は三つの層で構成されています。一つが旧ユーゴスラビアの戦争記念碑を使った「映像」、一つがオラフ・ステープルドンによって書かれティルダ・スウィントンによって朗読される「言葉」、一つがヨハン・ヨハンソンが土台を作り、彼の亡きあとはヤイール・エラザール・グロットマンらが引き継いで完成させた「音楽」。
いやー、もうね、この3つのどれが欠けてもここまでの傑作にはならなったでしょう。しかも、そのどれもが隙なく見事に完成されているのだ。

時空を超えて語り掛けてくる「声」は、声だけであって姿は見えない。設定として、この声はテレパシーを使って脳内に直接語り掛けているはず。ただ映画では象徴としてオシロスコープが使われていて、声がすると緑の光点がつぶれたような形になる(専門知識がなく、この状態がどういう言葉で表現できるのかを知らない)。この緑の点滅が、一度真っ赤なアラートになる場面がありまして、そこがすごく好きでした。ぞわわっとした。あくまでも冷静沈着な声で理性的な語りが続くなか、音楽だけが不穏な音で盛り上がって、第一期人類の心を揺さぶってくる。

「声」は20億年の間に人類が辿った歴史と、その果ての彼ら第十八期人類の生態を語る。だけどカメラは彼らの姿や生活を、そのままの形で一切映さず、ただただ巨大なオブジェを映し続ける。画面に映る中で最もヴィヴィッドなものはオシロスコープくらいで、そのほかの場面では常に色調は抑えられており、空は雲で覆われている。雲が何かの形にみえるような気もするけど、それはただ見ている者の感傷に過ぎない。

そう、この映画、人間がひとりも画面に出てこないのだ。コンクリートのオブジェや建築物を、ひたすら舐めるようなカメラで映し出すだけ。ごくたまに、鳥が飛んだりする。でもそれだけ。映し出される建築物が実用的なビルや家屋ではないのも大事なポイントだ。もともと私が建築物鑑賞好きだからこの映画が刺さるんだろうか…? 確かにそれもあるだろうけど、それだけではなさそう。そういえばニコラウス・ゲイハルター監督の『人類遺産』という映画がありまして、人類が滅んだあとの世界を映すって設定で廃墟となった建物をひたすら映す作品があるんですが、あれも超好みだった。あれは廃墟萌えだから好きだったんだと思うんですが、今回のは映像だけじゃなくて、音とのコラボが世界観をより強固にしていたと思う。

なお私は原作の小説は読んでいません。映画観て俄然読みたくなって、帰りに本屋に寄ったけど置いてなかった。和訳は国書刊行会しかないらしいんですが、品切れ増刷未定なんですね。国書刊行会さん、映画に乗じて増刷してくれていいんですよ……そういうのしないところも好きだけど。

久しぶりに映画のパンフも買っちゃったんですが、パンフの中に小説からの抜粋が一部掲載されていました。原文だとやっぱりいろいろ説明されているんだな、というのがよく分かりました。映画ではかなり言葉が絞られていて、詳しく説明されていなかったので。それでもこの映画は、小説のテキストを使わずして、小説が醸し出す雰囲気を最大限に再現しているように思う。原文読むと余計にそれが感じられる。

映像も美しいのでポストカードがあれば欲しかったけど、でも音も大事なのでやっぱりDVDで持っておくべきか? カメラワークもよかったからやっぱり動画という形式である必要がありそう。映像と音と、どちらが欠けても片手落ちって感じだ。マルチメディア作品、としか言いようがない。いやぁ、たまんないですね。

なんかべた褒めしてしまいましたが、冒頭にも書いた通り、好みは分れる映画だと思います。ストーリーに重きをおいた作品ではないので、筋書きを楽しむ人には拍子抜けかもしれない。大きなスクリーンに映し出される映像と、重厚な音楽と効果的に挟み込まれた無音の時間、そして必要最小限にして必要十分なテキスト、この3つで語られる世界観に頭からつま先までどっぷり浸かって味わう映画だと思います。
スクリーン上映してくれてありがとうございます。すごく良かった。