好物日記

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ポール・シャピロ『クリーンミート 培養肉が世界を変える』(鈴木素子 訳)を読みました

クリーンミート 培養肉が世界を変える

クリーンミート 培養肉が世界を変える

面白かったという話を聞いて図書館で借りて読んだのですが……めちゃくちゃ面白かったので後日改めて買います!
「クリーンミート」=培養肉という、名前は聞いたことがあるけどよく知らないモノだったのが、なんとなくイメージがつくようになった。うーん、これは凄い、凄いぞ。

そもそも培養肉というのは何なのかというと、これが文字通り「培養された肉」なのです。動物の身体の外で、細胞レベルから培養して育てた肉。
言わずもがなのことではあるけれど、私たちが普段食べている牛肉や鶏肉というのは、元となる牛や鶏を屠殺して解体し、食べたい部位の肉を抽出したものです。しかし培養肉は、牛肉を手に入れるのに牛を必要としない。鶏肉を手に入れるのに、元となる鶏という生き物の存在を必要としない。腿肉が食べたいときには、腿の部分の肉だけを培養して創り出すのです。

 食肉のうち最も効率良く生産されている鶏肉でさえ、植物性タンパク質と比べるとやはり分が悪い。鶏の飼育には大量の穀物が必要で、1キロカロリーの肉を得るのに9キロカロリーの餌が必要だ。それですら、食肉の中では最高に効率が良いのだ。餌から得られるカロリーの多くは、くちばしの成長、呼吸、消化など、私たちにはあまり関心のない生物学的なプロセスに使われる。欲しいのは肉だけなのに、肉を得るには食物を山ほど無駄にしなければならない。(P.32)

鶏肉を手に入れるのに鶏を育てるところから始めると、時間もお金もかかる。それなら肉だけ培養すればいいじゃないか、という話です。凄い発想……写真は無いのですが、想像するだけでSF感が凄い。でも現実だっていうのが余計に凄い!
正直どちらが効率がいいのかという話は、なんとも言えないような気もする。上の引用で不要と見做されている「くちばし」が資源として流用されるルートがあるなら(あるいはこれからそういう需要が生まれるなら)、鶏ごと育てたほうが儲かるかもしれない。捨てるところがないというので有名な豚などは、肉だけ培養するほうが高くつくかもしれない。でも、本当に肉「だけ」欲しいのだとしたら、それは培養したほうが安上がりで、ごみも少ないのかもしれない。
全部「かもしれない」だ。でもその方法があるなら、やらない理由がどこにある?

動物愛護運動に長い間携わってきた著者は、培養肉の利点として現代の工業的な畜産業の犠牲者となっている動物たちをその苦役から救えるということをメリットのひとつとして強調しています。培養肉は意識を持った動物の殺生を伴わない肉の入手方法だと。
私は雑食性の動物である人間が他の生物の命を奪って栄養とすることに罪悪感を覚えたことがないし、菜食主義になろうとしたこともない。しかしこの本を読んで、現代の畜産業の在り方にNOと言うことを目的に肉を食べないという選択をしている人がいることを知りました。そういう理由で肉を食べない人がいるんですね。その事実が私にとっては非常に新鮮でした。
殺生が嫌だという理由で肉食を忌避する人の気持ちは、多分私は一生わからない。動物として、他者のいのちを食べるという罪を背負わずに生きていくのってどうよと思う(というか植物なら良いくせに動物ならNGというのがそもそも私の感覚とは相容れない)し、そんな小手先の技で罪を回避したような顔をされるのも正直腹立たしい。けれど工業的畜産業における動物虐待の現実をなんとかすべきだという意見には同意したい。とはいえ世界の食肉人口は増え続けているし、のびのびと育った動物の肉は高くつく。それなら、培養肉ってありじゃん!? というのは、わかる。ものすごくわかる。
とはいえ培養肉に本能的な嫌悪感を感じるのも、感覚としては想像がつく。殺生を伴わない動物性たんぱく質の摂取というのは多分ものすごく不自然なものだと思うし。身体に入るものだものなぁ。よくわからないものへの警戒心は、生物として順当な感覚だ。

ちなみに本書で培養肉のメリットとしてもうひとつ強く推されているのが安全性です。曰く、培養肉は非常に清潔で細菌(特に糞尿など)による汚染がないため、傷むのも遅い(つまり賞味期限が長くなる)し、食中毒の危険も低くなると。なるほどー。これはビジネス的に有利だ。
無菌であることが常に良いとは限らないと思うけど、清潔であることは基本的に良いことだろう。多分培養肉は、生肉として直接スーパーで売られる前に、加工肉の原材料としてBtoBで取引されるようになるのが先だろう。本書には肉以外にも牛乳や卵白などの培養についても触れられていました。2018年にアメリカで出版された本なので、今はもっと進んでいるんだろうな。培養といえば日本では医療活用が強そうだけど(ips細胞も細胞を培養する機能だ)、食用となると世間がどう対応するのか興味はある。

いやしかし、やっぱり一番の理由は「何それ凄い!」なんだなぁ。3Dプリンターで食事をする未来に近づいているじゃないか。技術的には可能、というやつだ。テンション上がる。
フェイクミートかクリーンミートか、という二択ではなく、両方いけばいいじゃん! と、気軽に思ってしまう。選択肢は多いほうがいいと思う。生きた牛から得た牛肉も、植物性たんぱく質から再現した肉っぽいもの(フェイクミート)も、培養の牛肉も、全部あればいいじゃん。
口にするものについては宗教的な制限とか、個人の感覚的な嫌悪感とかもあると思うので、多分万人に受け入れられるものではないと思う。ただ、人間がこれからも増えていくことを想定したときに、そういう手段を引き出しの中に持っておくって、大事なことだと思うのだ。動物が生きられないような環境でも「肉を食べる」という欲求を満たす手段になれるってことですもんね。


ところで2020年にオープン予定だった3Dプリンター寿司レストラン「SUSHI SINGULARITY」どうなったんだろうと思い出してサイトに行ってみたら、202X年開店予定になってました。無事にオープンされるといいなぁ。

www.open-meals.com