好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ねじれ双角錐群『来たるべき因習』を読みました

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2020年秋の文学フリマで手に入れた一冊を読み終えました。文芸同人・ねじれ双角錐群によるアンソロジーです。6名による6作品。著者名・タイトル・あらすじは上記公式サイトに記載があります。

前にも別記事で書きましたが、2020年が私の文フリ……というかこういう物販イベント自体が初参加でした。ブースの周り方とか全然効率的じゃなかったし、そもそも気になるブースを全然チェックできていなかった。それでも事前の噂でねじれ双角錐群の本は良いらしいと聞き、気になっていました。表紙も裏表紙も素敵だったし。
早くしないと売り切れちゃうかも、とも聞いていたので、なにはともあれ真っ先にねじれ双角錐群のブースに向かいました。多分一番乗りだったんじゃないだろうか。おかげで無事に本書を手に入れることができました。表紙の手触りがすべすべで好きだ……

『来たるべき因習』では「奇祭SF」がテーマになっているとのことです。奇祭! いい響きだ。直接的に祭りを扱ったものもあれば、イベントという意味で扱ったものもあって、言葉の解釈の仕方が面白い。もちろん書く人によってがらっと作風も変わるし、とても面白かったです。なんていうか、総じて完成度が高い。
ちなみに記事を書くにあたって本書をググったら、kindle版が出ていました。Kindle Unlimited 会員の方は追加料金なしで読めるようです。気になる方はぜひ。

せっかくなので全編簡単に感想を書いておきます。6番目の『忘れられた文字』だけどうしてもネタバレ入ってしまうので、隠しています。
他の作品についてはネタバレは回避したつもりですが、内容にはがっつり触れていますので、未読の方はご注意ください。
障りのないあらすじが知りたい方は、記事冒頭のリンクから公式HPをご覧になることをお勧めします。




以下、未読の方はご注意ください。

1. cydonianbanana『UMC 2273 テイスティングレポート』

およそ17年に一度、汎地球規模で開かれるウイスキーの品評会についてのテイスティングレポート、という体裁をとった小説。ウイスキー好きとしては初っ端からテンション上がりました。
語られる銘柄は全8種。銘柄名、色、香り、味わい、余韻がそれぞれの冒頭にレポートされていてたまらない。さらに銘柄の名前も実によくて、東ハイランドの「グレンローワン 一二年」なんてまさにありそうな名前ではないですか! 私はスモーキーなのが好きだから、「倶多楽九年ミッシング・カスクス」あたりが好みっぽいかな? 台風によって貯蔵庫から転がり出て、火口群で熟成されたことをきっかけに生まれた銘柄という逸話も良い。
後半になるにつれてSF感が増していくのもテンション上がりますね。仮想現実にのみ存在する「ベンオリンポス 22.4.0」とか、地球の十七分の一の速さで時間が進む惑星フェンリルで作られる「カリアック 一六七年」などなど。あぁ、最高……。
架空ウイスキー図鑑としても楽しめるのですが、この作品が本当に凄いなと思ったのは、やっぱりラストでしょう。

 ウイスキーによって呼び覚まされる記憶は様々で、中には飲み手が経験していない記憶までもが含まれている。ここにおいてウイスキーはある種の記憶装置であり、その香りと味わいによって構成された記憶という名の物語そのものであるとも言える。(P.32)

これまでのテイスティングレポートが一気に収束して、一つの点になってぽんと目の前に差し出される感じ。あ、そうきたか。やばいなこれ。やられました。すごく好き。


2. 笹帽子『ハレの日の茉莉花

直球のお祭り小説。富ヶ谷キャンパスで開かれる文化祭の話。
最初は、おお学園ものか、と思いながら読んでいたのですが、ちょっと様子がおかしい。「闇霊が侵入しています」あたりであれ? となって、「魔術師か」とかいって特に驚きもせずにバトルに入ったところで、そっち系の話か! という事に気づく。でもさらにあともう何回か、ストーリーが急カーブした印象です。話のモードが思いっきりぐるんぐるん回るので、途中で振り落とされるかと思った。こういうの嫌いじゃないです。
オンラインゲームは全然やらないのですが、学校って確かにダンジョンぽいのはわかるかも。時計台とかあるとドラマチックで良いですね。茉莉花と御子柴さんのバトルが非常に良かったです。ライトな語りが文化祭という独特の雰囲気に合っている。
しかし御子柴さん、恰好良いな。


3. 小林貫『ハイパーライト

地球に天使……と人間から呼ばれるようになる自律型播種機械体(オートマタ)が舞い下りる話。
天使の薦めに従い、肉体を捨ててデータパターンとして存在することを選んだ人間たちの前夜を覗き見て、その末の人間(だったもの?)のその後までを描く。これという明確な祭の描写はないものの、この天使の降誕自体が地球にとっての祭なのか、あるいは肉体を捨てるというビックイベントの前夜の風景を前夜祭と見立てているのか。直接的に祭じゃないところが、むしろテーマの広がりを感じられて好きです。寓話的な印象。
しかし≪猿≫がいいよなぁ。このパートがあるのとないのとでは、大違いだ。なにか元ネタありそうな気もしましたが、わからなかった……


4. murashit『追善供養のおんために』

伯父がはまっている新興宗教について書こうとする「ぼく」の手記。
匿名でネットに公開されているという体裁で、身バレを防ぐためにフェイクを入れますと宣言しているところとか、文体が話し言葉そのままでSNSっぽいところとか、細かい部分で芸が細かくて好き。謎の風習とかそこんとこもうちょっと詳しく! と思いながら読んでいた。SNS文体がラストに効いてくる。
そして物語理論についてより詳しく学びたい私は、『廻廊』も読んだ方がいいのかもしれない。うーん、電子書籍かー。


5. 鴻上怜『花青素』

お盆に集まった「姉たち」の一人が酒の肴として世界樹の寄生蟲について語る話。めっちゃ好みでした。幾層にも重ねられた物語世界という構造からしてもう私好み。不思議世界をさらりと描くところが、いいなぁ、好きだ。

 危篤の報せを受けると、姉は愛車(ナナハン)を飛ばして世界樹神奈備へ急行した。国道沿いのスタンドでフゾンを補給し、目の前を横切る聖杯探索中の不死者を轢き殺し、ロードキルの恨み骨髄とばかりにちぎれた不死者の生首が執念深くバイクのマフラーを咬んでしがみつくので仕方なく示談を済ませると、ようやく世界樹の根もとへ到着したのは十数年後である。(P.128)

作品世界の造語もぐっとくるんですが、ちょくちょくネタ的なユーモアが混じっているのがさらに良い。「禁蟲並庶幾諸法度(インセクトゥム・コーデックス)」とか「断捨離(コン・マリ)」とか、めっちゃツボでした。<友愛機構>管理の世界で暮らす姉の話が好みでしたが、そこから流れるように庶幾蟲の王の世界に戻るところ、そして戻った後の展開がすごく好き。コメディなオチと、文語体の美しい言葉遣いの落差が良い。148ページ最高でした。


最後、石井僚一『忘れられた文字』の感想だけ、ちょっと隠しますね。ネタバレ防止。




6. 石井僚一『忘れられた文字』

書庫という座標内の書棚とされる位置で行われる「文字合い」について語られた話。
最初は何も気づかずに「ほうほう文字合いね、面白いね」と思って読んでいたんですが、<題名>についてきてもらって<文字たち>の話し合いに行ってみたあたりで「うん? 似た話を知っているぞ?」となって、次の一文で「あああ!」と確信した。これ!!

「本の調査に来た先生が、この本の事を調べるためにやって来て、この本の古いことを知るには古くよりある栞のことを知ることが必要だというのだが、協力してもいいものだろうか」(P.156)

ちゃんと作品の最後に底本が明かされているわけですが、いやぁ、しかしよく出来てますね。この後はもうずっとニヤニヤしながら読んでいた。とっても良かったです。奇祭SFっていうテーマで、こういうの持ってくるのがまた。しかも「文字合い」という形でパロディするところが好きです。
他の方はどこらへんで気付いたんだろうなぁ。これは、読んで初めて気付きたいやつですよね。あの驚きはやられた。とても楽しかったです。


次回の文フリも真っ先にブースに駆け付けるつもりです。楽しみにしてます。