好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

原美術館「光―呼吸 時をすくう5人」に行ってきました

www.haramuseum.or.jp

もともと2020年春の展示予定だったものが、コロナの影響で冬になった展覧会です。
原美術館は、元邸宅として使われていたモダニズム建築の建物が有名で、ずっと気になっていました。しかし普段あまり現代美術を観ることがないので、ずっと行きそびれていたのです。そしたら、閉館するっていうじゃないですか…!それなら閉まる前に一目拝んでおかなくては、ということで、ついに行ってきました。

なのできっかけとしては展示そのものよりも建物のほうが目当てだったのですが、結果的には展示内容もすごく面白くて満足でした。
展示会タイトルの「5人」というのは今井智己、城戸保、佐藤時啓、佐藤雅晴、リー・キットのこと。いずれもこの展示会で初めて目にしたお名前でした。

ついつい見入ってしまったのは佐藤雅晴の「東京尾行」シリーズ。実写の映像の一部分だけをアニメーションにした短い映像作品で、5年前に東京で映した映像をもとにしているらしい。そして非常に残念なことに、彼は2019年に亡くなられたとのこと。
「東京尾行」では例えば、交差点を渡る人の中の数人だけがアニメーションになっているもの、国会議事堂前の映像で議事堂だけがアニメーションになっているものなどいろいろありました。特に好きだったのは食べ物シリーズ。例えばソフトクリームを食べる映像では、だんだん減っていくソフトクリーム部分だけがアニメーションになっていた。食べるというすごく実際的な行為に対して、明らかにフィクションとわかる絵柄でリアルに体積が減っていく食べ物の様子が掛け合わされて、何とも言えないおかしみがある。あと倉庫らしき場所の映像でキャスター付きの事務用回転椅子がひたすらぐるぐる回り続ける(椅子だけがアニメーション)のも好きでした。
百聞は一見に如かず。公式の動画がyoutubeに上がっていたので貼っておきますね。

youtu.be


あと佐藤時啓の「光――呼吸」シリーズも面白かった。カメラの長時間露光を使って、自身がペンライトを持って歩き回ったことでできる光の軌跡を写真に写し込んだらしいのですが、そんなことできるのか……なんで写真家の姿は写らないのかよくわからないけど、光の軌跡だけがイルミネーションみたいに写っていました。なんだか光が生きてるみたいだ。

しかしよく考えたら、カメラって光を写し取る機械だから、闇は写らないんだな。写真は光を平面に写し取ったもので、「暗さ」そのものを写すことはできない。写真の上の、光らなかったところが暗さとか闇とかいうものであるだけで、カメラが捉えるのはあくまでも光だけだ。うーん、カメラって、ポジティブな機械なんだな。
とはいえ人間も同じだな。目に入って来るのはすべてただの光でしかないのに、そこでリアルとフェイクを見極めようなんて烏滸がましいんじゃないか。「東京尾行」に戻るけれど、実写とアニメが混じったときに我々の脳は容易くそれを区別するけれど、それらは情報としての表れ方が違うだけで、表すものは究極的には同じであるはずだ。網膜に写ったものを脳が処理して認識させてるだけなんだから。とはいえ究極的には同じなのかもしれないものが、いや全然違うじゃん、っていう風に見えるのが人体の面白さなのかも。人はいつだって、意味を過剰に持たせたがるんだ。

だから城戸保の「Semicircle Law」シリーズを見た時に、写真が作品になるには人の目が必要なんだなということを改めて感じた。シャッターを押せば誰でも、なんなら人じゃなくても写真を撮ることはできる。機械にカメラをくっつけて手あたり次第に録画することもできる。でもその平面化された光の映り込みを「これがいい」と決める誰かがいなければ、その映像なり写真なりには何の意味もないのだ。平面に色のついた模様を人は何らかの形と認識して、その形から連想されることをめいめいに思い描く。多分そこで初めて意味が生まれる。
「Semicircle Law」シリーズは福島第一原発の周囲にそびえる山々に登って、地図と方位磁石から原発があると思われる方角を写真に撮ったシリーズです。でも山の上から原発は視認できないから、特に説明もなく写真を見ただけでは、それはただの山からの風景の写真にしか見えない。その先にあるモノを提示されて、その先にあるモノから喚起されるあれこれを観る人がそれぞれに考えて初めて、写真は作品として作用し始める。「Semicircle Law」シリーズは誰もいない場所で展示されているだけの状態では作品としては未完成で、福島第一原発という言葉を聞いて想起するものがある人がその写真を見て、初めて作品として成立するのだ。あのシリーズが飾られていた部屋まるごと一つが作品だった。それがとても興味深かったです。


そして当初の目的だった原美術館の建物ですが、いやぁ、実に良かったです。カーブした廊下が上品だった。木の手摺のある階段も、壁の石の模様も美しかった。外観はやっぱりだいぶ古びていて、白い壁もだんだん汚れてはきているけれど、でも清廉な感じがして素敵だった。お庭の紅葉が綺麗でした。
常設展示もいくつかあるのですが、元トイレ部屋の展示が実に好みでした。森村康昌の「輪舞(ロンド)」。今は館内撮影禁止なので撮れなかったけど…

原美術館は閉めるけど、コレクションは群馬に新しくできる「ハラ ミュージアムアーク」でこれからも展示されるようですね。あちらは磯崎新の建築らしい。来年3月まで休館中ですが、落ち着いたら行ってみたいなぁ。
なお原美術館の展示は2021/1/11まで。要予約です。気になる方は、お早めに。