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酉島伝法『オクトローグ 酉島伝法作品集成』を読みました

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

発売を知ってからずっと楽しみにしていた酉島伝法の短編集を、ついに読み終えてしまいました。さみしい。
全8編の短編集ですが、最初の作品で「あ、これ舐めるように読むやつだ」って悟ったので、一日一編ずつじわじわ読みました。最高だった。
一日二編以上読むと、ただでさえ混沌とした作品世界がさらに混乱するので、一日一編が限界だった。しかも寝る前に読むと夢に出てきそうだったので、なるべく昼間のうちに読み切るように気をつけました。

酉島伝法は、2019年に発売された『宿借りの星』を初めて読んで、その世界観と描写にすっかりハマって、今年読んだ本のベスト!!と一人勝手に宣伝しまくっていた作家です。SFマガジンは普段買わないので、すべて初めて読む作品だった。でもなんていうか、酉島伝法は長くても短くても酉島伝法なんですね。なんか安心しました。
本書で酉島ワールドがますます好きになりましたが、実は『皆勤の徒』は、まだ読んでないです。だってあれ読んじゃったら、もう酉島作品で未読の本ってなくなっちゃうじゃないですか。

そんなこんなで『オクトローグ』を読んだのでこの記事を書いているわけですが……。
正直、酉島伝法の小説は読む前にあらすじなんて知らない方が絶対楽しめると思うので、まだ未読の方は今すぐ本屋に走るかポチるかして実際にこの本を読了してから以下の記事を読み進めることをお勧めします。
あと未読の方に配慮したあらすじの説明とかネタバレの配慮とかしていませんので、あらかじめご了承ください。

続き、一応隠しておきますね。


では始めます。

冒頭の「環刑͡錮(かんけいこ)」からもうアクセル全開でぶっ飛んでいて最高でした。刑罰の一種として人体改造するというのはSF的にまぁあるかなって思うけど、あるかなって思ってた以上の徹底的な改造ぶりだったのでぎょっとする。ぱっと見で人間とは思えない姿になるってところで、真っ先にカフカの『変身』に出てくるザムザを思い浮かべたのは私だけではないはず。ザムザには手足があったけど、おぞましさはどっちもどっちだ。

 直径三十糎(センチメートル)、長さ一米(メートル)半ほどある環形動物めいた全身を、小刻みに震わせながら波打たせる。生きたまま埋葬されるような怖気(おぞけ)に襲われ、窒息の苦しみに喘ぐうち、宍(しし)色をした体の前後にわたる縞状の細溝の中で、気門の数々がひとりでに呼吸していることに気づく。皮膚呼吸もなされているというが、実感はなく、息苦しさにつきまとわれ続ける。
 体じゅうを血液と諦念が巡っていた。(P.12)

こういうとき、変身後の容貌の描き方に個性が出ると思うのですが、さすが酉島伝法だなぁ。現実からかけ離れた状況にも関わらずこのリアリティ。
解説で大森望が「人間から出発する分、圧倒的に読みやすい(P.306)」って書いてて笑ってしまった。いやそうなんだけどさ、その分ダイレクトに脳に響くように思います。思わず想像してしまうから。そして23ページにイラストが唐突に現れ、視覚でばーんと出されて衝撃でした。逃げ場なし。
この話は姿形が変わるだけではなくて、精神の同調とか母親の語りとかの設定も盛りだくさんでとても良かったです。初っ端からノックアウトされた感じ。

続く「金星の蟲(むし)」もかなり好みです。世界がだんだんすり替わって行く感じがたまらなくホラー。すり替わり方があまりにもさりげないので、この違和感は自分の勘違いだったかもって思ってしまうところがめちゃくちゃ怖い。この世に確かなものなど何もないからこそ怖い。人間って、環境に適応していく生き物ですよね。
自分の中の違和感について誰かに話しても期待していたような会話にならないところとか、言葉が通じていない感じがとてもいい。金星サナダムシの話じゃなくても、こういことってありそう。

 時には、ありもしないものを消す必要に迫られ、それによって、ありもしなかったものが現れることもある。そう大袈裟なことではない。
 勾玉に似たレバーを引いて、薄汚れた白磁の局面に横たわる架空の便を水で押し流す。十分もトイレに籠もったままでいて、流さないわけにはいかない。手を洗いながら、私は顔の火照りを感じる。建て付けの悪い扉に背中からもたれかかり、体重をかけて押し開く。(P.47)

この書出しだけでも面白い話の予感でいっぱいだけど、まさかあんな展開になるとは思ってなかった。伏線だったのか!子供みたいだけど、読み終わった日は割と本気でトイレに行くたびにドキドキでした。でも犬歯も抜けてないし、たぶん大丈夫。今のところはまだ。


そしてやっぱり都市とか建築とか好きな身としては、「堕天の塔」に心を鷲掴みにされた。おしゃべりなモリの語る階段やらなんやらがとっても好みだったのと、「落ち続ける塔」という設定が非常にぐっときました。螺旋階段とか廃墟とか好きだ。階層都市世界って単語だけでわくわくする。

”僕は暗い螺旋階段をぐるぐるぐるぐる上り続けて――話しているだけでも目が廻りそうになるよ。ようやく抜けるとそこは塔の屋上でね、これまで見たことのないほど広大な空間が広がっていて、測量の目も届かないほどで――”(P.211)

世界観は『BLAME!』というSF漫画を下敷きにしているらしいのですが、名前は聞いたことあるけど読んだことは無し。積層都市漫画らしいので、読んでみようかな。

他の作品でも「橡(つるばみ)」の珈琲の描写とか、「ブロッコリー神殿」(名前からしてとても良い)の酉島伝法らしき造語の数々とか最高で、言葉でほろ酔いになるような気分でした。一語一語の密度が濃いんですよね。「クリプトプラズム」の世界観も好き。生来識と分岐識とかたまらないですね!あと作品ごとに挟まれたイラストも良くて、「彗星狩り」の三角推形の頭部とかめっちゃ好みでした。石英の目とかロマンだ。


酉島伝法は世界をものすごく細部まで作り込む作家なので次々と新作を生みだすのが難しいというのはわかっています。一語一語が重いから、読むほうも体力を使うし。なので別に急かしはしないけど、これからもいろいろ書いてほしい作家のひとりです。
雑誌掲載作品を本にしてくれてよかった。『皆勤の徒』ももう読んじゃおうかな…