好物日記

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西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』を読みました

未知の鳥類がやってくるまで (単行本)

未知の鳥類がやってくるまで (単行本)

  • 作者:西崎 憲
  • 発売日: 2020/03/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

短文集『特別ではない一日』を読んでから密かにチェックしていた西崎憲の、彼自身の著作がこの春に刊行されました。帯によれば8年ぶりとのこと。ずっと買ってあったのですが、ようやく読めました。

本編とは関係ないんですけど、この本は装丁も良いんです。カバー外した本体がめちゃくちゃシンプルで潔いのもさることながら、私としては背表紙に記載されたISBNや定価のフォントが非常におしゃれだったことを強調しておきたい。この字体、めっちゃ良いな…!

だいたいタイトルからして良書の予感しかないですよね。『未知の鳥類がやってくるまで』。短編集で、表題作含む10篇の作品が収められています。

冒頭の『行列(プロセッション)』の書き出しがとても美しくて、そこでもうやられてしまった。

 それがどのくらい静かだったのかと尋ねられたならば、世界が死に絶え、月が死に絶え、そのあとに残った一握りほどの波も立たない海のように静かだったという形容もあるいはできたかもしれず、いずれにせよ夏の気配をそこここに貼りつけた街の頭上には空はそのように無音も窮まった形で広がっていた。
 そしてその空はどこまでも蒼く、雲というものの存在を彼は忘れてしまったらしく、どこまでも瑠璃のような、翠玉のようなその蒼の完璧さを傷つけるものは皆無であって、時折鳥がそこを水平に落下する錘鉛のように横切ってゆく。(P.4)

『行列(プロセッション)』は10頁ほどの掌編なのですが、空を何者たちかが通り過ぎていく様子を描いた作品です。その通り過ぎていく者たちのチョイスと描写の語り口が淡々としていて好み。西崎憲歌人でもあるためか、言葉ひとつひとつの選び方に強いこだわりを感じました。上の文章の、最後が「~横切ってゆく。」になるとことか良いですよね。敢えて崩す感じが好き。
人ではないモノたちが空を横切る描写がいくつかあるんですが、これらのモノたちにモデルはいるのかが気になりました。どうやら病気にかかっているらしかったあの動物とか、どこかの史料館の巻物にいたりするんだろうか。見てみたいな。

全体的に幻想文学っぽい作品が多いのですが、中でも特にホラーテイストな『箱』もとっても良かったです。

 小学校の三年生の時だったろうか。彼は遠い町から転校してきた。町の名前は忘れてしまったが、都会にほど近い町だった。先生に促されて教壇に立った彼は、紺色のいやに大きな風呂敷包みを手に持っていた。風呂敷の中身は大きな箱のようで、結び目の隙間から、板材の白っぽい面が覗いていた。(P.36)

立方体の大きな箱を常に持ち歩いていた元同級生と、大人になってから再会する話。ラストにぞっとする。うん、いいですね……!
確固たる怨みを持って危害を加えに来る系のホラーは苦手なんですが、得体のしれぬ不気味さが日常の影に潜んでいる系は好きです。後者の方がよっぽど怖いという見方もあるだろうけども、まぁ好みの問題ですよね。得体のしれぬ怪奇譚は情緒があって、夏の夜によく合う。

表題作『未知の鳥類がやってくるまで』は著者の朱筆が入った校正刷りを失くしてしまった校正係が、台風のなかで町を彷徨う話。家から駅までの道を毎日往復していても、いつもと違う道に一本入っただけで全然知らない場所のように感じるものだよなぁ、というその「感じ」がすごく伝わる作品で、これはこれでまた雰囲気が違って良かった。寄り道や散歩って、最高の贅沢ですよね。
主人公が校正刷りを探すときにいろんな場所や事件に遭遇するのですが、偶然見つけて立ち寄るレストランがとっても雰囲気が良くて素敵だったので、ぜひ私も行ってみたい……。

 ムール貝は紛い物ではなくほんとうのムール貝で、オリーヴオイルの風味には懐かしさと異国のかすかな谺があった。はじめて本格的な外国の料理を食べたときの記憶。中学生の頃だったか。どこかのホテル、白いテーブルクロス、帽子をかぶったウエイトレス、黒い服のウエイター、銀のカトラリーが触れあう冴えた音、それらが甦った。叔母の結婚式、自分は眼鏡をかけて紺色のワンピースを着ていて、針金のように痩せている。(P.81)

これまで西崎憲・編集のものをちょくちょく読んでいてなんとなく彼の好みは把握していたつもりだったけど、彼自身の作品をちゃんと読んだことはなかった。でもこの作品集を読んで、西崎憲への認識が補強された。あ、うん、こういうの好きそうですよね。私も好きです。というのを、確認できた感じ。
きっとこれからもいろいろ面白いことしてくれると思うので、引き続き楽しみにしています。『たべるのがおそい』も揃えたいな…