好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

フィリップ・ウィルキンソン『まぼろしの奇想建築』を読みました

外出を控えているので家にいる時間が長い今日この頃、持ち歩くにはちょっと重い本を今こそ読むべし!と思って、積んであった本書を読みました。これまでもパラパラめくって楽しんではいたのですが、ちゃんと最初から一通り読んだのは今回が初めてです。
発売当初、書店に並んだ時から絶対好きだと思っていたのですが、サイズが大きかったから買うのにちょっと迷いました。でも買ってよかった…最高でした。「未完に終わった歴史的妄想」「理想と妄想が生み出したつくれなかった建築」という帯の文句通りの本です。計画倒れした建築物・都市設計のカタログ。そんなの面白いに決まってる…しかも全ページカラーの豪華版。NATIONAL GEOGRAPHICによる安心クオリティです。

私は建築や都市が好きで、旅行が好きなのも、その土地の建物や街並みに興味があるからです。大自然の驚異よりも、人々の生活に興味がある。建築は住宅も公共施設も、思想の具現化って感じがたまらない。生活を前提としているところが良いんですよね。古代都市も未来都市も、考えるだけでニヤニヤしてしまう。

本書は全部で6つのチャプターに分かれていて、9世紀から始まって2013年に至るまで、時間の流れに沿って様々な建築や都市が紹介されていきます。どれ一つとして実際に建てられたものはないのはわかってて読んでいるのですが「いやこれは無理だろ…」というのもあれば、「惜しかったなぁ」というのもある。惜しかったやつは、たいていお金が足りなかったり戦争が始まったりして中断してることが多いです。残念。

古い設計は資料さえもあまり残っていないことが多いのですが、図面を見ているだけでも結構楽しめるものです。例えば15世紀のミラノで計画されたスフォルツィンダという理想都市の八頂点の星型とか、17世紀のロンドンで計画されたセント・ポール大聖堂の「グレート・モデル」は対称性にこだわっているとか。かの有名なパノプティコンも入ってた。あとレオナルド・ダ・ヴィンチ黒死病対策として考えた階層構造都市も面白かったです。歩道と輸送路を分けるアイデアは昔から繰り返されてきたんだなぁ。教会デザインの幾何学的なスケッチも、図面からして美しい。

でもやっぱり美しい完成予想図や模型があると妄想が膨らんでテンション上がりますね。本書に出ているものの中でどれか一つだけ、一番を決めろと言われたら、私はタトリンの第三インターナショナル記念塔を選びます。1920年頃、ロシア革命の象徴となる記念碑を求められて設計された塔です。螺旋好きとしては外せない!

 タトリンの第三インターナショナル記念塔(単に「タトリンの塔」と呼ぶこともある)は巨大ならせん形で、鉄とガラスを使用していた。高さは1300フィート(400メートル弱)前後で、当時世界一だったパリのエッフェル塔より高く、世界最高の建築物になるはずだった。建設予定地は、ピョートル大帝が建てた18世紀の建物を背景にするサンクトペテルブルク(当時はペトログラードと呼ばれていた)のネヴァ川をまたぐ場所で、旧世界にまったく新しいものを突きつけようとする意図が露骨に見えた。(P.132)

 塔の骨組みの内側には、4つの完璧な幾何学図形の建物が配置され、それぞれを違った速度で回転(レボルブ)させることで、文字通り塔を革命(レボリューション)の象徴として表現している。これらの建物は、コミンテルンの本部の施設として使われることになっていた。一番下にある立方体の形をした最大の建物は、1年間に1回転という非常にゆっくりした速度で回転する設計になっている。下から2番目に位置するやや小ぶりなピラミッド形の建物はコミンテルンの幹部の居室で、一カ月に1回転の速度で回転する。そのうえには円筒形の報道センターがあり、1日に1回のペースで回転する。一番上にあるのは半球型のラジオ局で、こちらは1時間ごとに1回転する。(P.132)

最高じゃないですかこれ。ググると画像が出てきますので、興味のある方は検索してみてください。キュビズム建築っぽい感じがめちゃくちゃ好みです。

他にも、宇宙を内包した「アイザック・ニュートン記念堂」(ブーレー、18世紀)、鉄道を併設した巨大アーケード「グレート・ヴィクトリアン・ウェイ」(パクストン、19世紀)、ドリス式の柱を巨大化して高層ビルにした「トリビューン・タワー」のコンペ応募作(ロース、20世紀)、高さ1.6kmの超高層ビル「ザ・イリノイ」(ライト、20世紀)などがお気に入りです。表紙になってる「勝利の凱旋ゾウ」(リバール、18世紀)も好き。

ちなみに一番新しい計画である「アジアの石塚」(カレボー、2013年)は中国・深圳で問題になる人口増加に対応するプランなのですが、完成予想図をみてこの雰囲気知ってるな、と思って『未来と芸術』展の図録を調べたら、いました、カレボー!やっぱり「2050パリ・スマートシテイ」の人だった。そして気になってさらに調べたら、台北にカレボー設計の二重螺旋型高層マンションが建っていることを知りました。落ち着いたらまた台北に観に行かなくては…。

これからも人類が生き延びる限り、あらゆる環境であらゆる都市(もはや都市に限らず共同生活空間か)や建築が生まれるのでしょう。暮らしが変わっていく以上、街も建物も変わっていく。楽しみだなぁ。